Re: 鶏泥棒がやってくる!
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/10/26 01:04 投稿番号: [3299 / 6952]
>>1811年は東京までたどりつけずに対馬から戻っている。
>の理由ってなんだろう?
この書き方だと、なんだか道中で遭難したような印象がありますね。(笑)
本来1786年(天明六年)の10代将軍徳川家斉の就任時に来るはずだった朝鮮通信使は、老中松平定信の考えで延期され続け、ようやく1811年(文化八年)に実施されました。しかも江戸ではなく対馬で国書交換を行なうという「易地聘礼」でした。
理由としては幕府の財政難があげられます。
また、松平定信は著書『宇下人言』で、
「朝鮮通信使が来るっつーても別に見栄えのいいもんじゃないよなー。日本の腐れ儒者(原文:日本之腐儒)どもが連中(原文:鶏林人)と詩文を唱和してうれしがるけど、道中の様子を観察されるのも嫌だしー。飢饉が続かないって保証もねーし、通信使なんて見栄えいいっつーもんじゃないよな。
それと『三使』といっても高貴な者じゃないし、御三家の御歴々がご相伴するっちゅーのも礼がととのった行為じゃねーだろ。新井白石さんが待遇を改めのを見習って、対馬でやっとけばじゅうぶんっしょ」
ということを書いています。
これは メッセージ 3298 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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