Re: 明成皇后の殺害に介入した物証を発見
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/06/06 11:24 投稿番号: [2851 / 6952]
>日本政府が明成皇后の殺害に介入した物証を発見
からくりがわかりました。
どうやら、あの子安という馬鹿の入れ知恵のようです。
従軍慰安婦の次はこれで攻めるようですね。(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日政府明成皇后殺害介入物証111年ぶりに‘日の光’
「本当に恐ろしいことを捜し出した。日本人としては見当はついていたが捜し出すことは
大変なことだ。歴史の真実は必ず現われるようになっている。」
日本政府が明成皇后殺害に直接介入したことを傍証する山県有朋陸軍大将と陸奥宗光外相
の間の手紙を見て、日本の子安宣邦(こやすのぶくに)大阪大名誉教授(政治思想史)は
このような反応を見せた。先月中旬、韓国学中央研究院の世界碩学招請講座に招待された
子安教授は、崔文衡(チェ・ムンヒョン)漢陽(ハンヤン)大学名誉教授が日本国会図書
館憲政資料室で捜し出したこの手紙の解読に大きな手助けとなった。漢字学にも造詣の深
い同名誉教授は日本の明治時代の漢文書体を専攻した日本人学者らを動員してその意味を
明確に糾明してくれた。
(中略)
日本の歴史小説家、角田房子は『明成皇后暗殺−朝鮮王朝末期の国母』(訳注:日本版
では閔妃暗殺)という本の結論で、陸奥外相が同郷の後輩で殺害事件に加わった岡本柳之
助が送った手紙を読んで初めて明成皇后殺害事件を知った、「いくら自由な想像力の羽を
広げても日本政府とこの事件の間には直接的な関係がない」と主張した。
しかし山県の手紙の内容を見る時、陸奥は明成皇后殺害事件の前にある種の強硬策を提示
したことを推論することができる。山県が手紙で「驚愕を禁ずることができない」、「到
底堪えることができない」と言う言葉とともに「閣議で決まり次第に断行なさることを希
望する」と書いたことは、陸奥の強硬策に同意したことだということが崔教授の解釈だ。
この文章に尊敬語「御」が使われており、これが「韓国問題に全権を持っていた井上馨が
仕事を断行するように願うという意味」と崔教授は解釈した。井上は陸奥より八才、山県
より二才年上である。井上は帰国直後、朝鮮朝廷に300万円の寄贈金を与える方式で明
成皇后を懐柔しようとした。しかしこれは日本内閣の考えとは距離のある提案で、手紙は
井上が閣議決定を受け入れて強硬策に旋回するように願うという意味を込めたというのだ。
崔教授は日本閣議が事実上明成皇后排除の決断を出した時をまさにこの時点と見ている。
寄贈金を提示した井上が問題の手紙が使われた7月8日直後に、突然自分の後輩で同郷の
陸軍中将出身の三浦梧樓を推薦したからだ。韓日関係の最高専門家で「白衣従軍」までし
た井上が、緊迫した時期に外交の門外漢である三浦を後任に薦めたことは、手を血で汚す
事は自分より‘カルジャピ’(訳注:と畜人をさす差別語)が適格と考えたためだったろ
うという推論だ。
崔教授は今回発見した資料を補って、すぐ「明成皇后殺害の真実を明らかにする」(知識
産業社)の完結版を出刊する予定だ。2004年和訳版(閔妃は誰に殺されたのか―見え
ざる日露戦争の序曲、彩流社)が出たこの本は、現在英訳作業も進行中だ。
東亜日報
からくりがわかりました。
どうやら、あの子安という馬鹿の入れ知恵のようです。
従軍慰安婦の次はこれで攻めるようですね。(笑)
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日政府明成皇后殺害介入物証111年ぶりに‘日の光’
「本当に恐ろしいことを捜し出した。日本人としては見当はついていたが捜し出すことは
大変なことだ。歴史の真実は必ず現われるようになっている。」
日本政府が明成皇后殺害に直接介入したことを傍証する山県有朋陸軍大将と陸奥宗光外相
の間の手紙を見て、日本の子安宣邦(こやすのぶくに)大阪大名誉教授(政治思想史)は
このような反応を見せた。先月中旬、韓国学中央研究院の世界碩学招請講座に招待された
子安教授は、崔文衡(チェ・ムンヒョン)漢陽(ハンヤン)大学名誉教授が日本国会図書
館憲政資料室で捜し出したこの手紙の解読に大きな手助けとなった。漢字学にも造詣の深
い同名誉教授は日本の明治時代の漢文書体を専攻した日本人学者らを動員してその意味を
明確に糾明してくれた。
(中略)
日本の歴史小説家、角田房子は『明成皇后暗殺−朝鮮王朝末期の国母』(訳注:日本版
では閔妃暗殺)という本の結論で、陸奥外相が同郷の後輩で殺害事件に加わった岡本柳之
助が送った手紙を読んで初めて明成皇后殺害事件を知った、「いくら自由な想像力の羽を
広げても日本政府とこの事件の間には直接的な関係がない」と主張した。
しかし山県の手紙の内容を見る時、陸奥は明成皇后殺害事件の前にある種の強硬策を提示
したことを推論することができる。山県が手紙で「驚愕を禁ずることができない」、「到
底堪えることができない」と言う言葉とともに「閣議で決まり次第に断行なさることを希
望する」と書いたことは、陸奥の強硬策に同意したことだということが崔教授の解釈だ。
この文章に尊敬語「御」が使われており、これが「韓国問題に全権を持っていた井上馨が
仕事を断行するように願うという意味」と崔教授は解釈した。井上は陸奥より八才、山県
より二才年上である。井上は帰国直後、朝鮮朝廷に300万円の寄贈金を与える方式で明
成皇后を懐柔しようとした。しかしこれは日本内閣の考えとは距離のある提案で、手紙は
井上が閣議決定を受け入れて強硬策に旋回するように願うという意味を込めたというのだ。
崔教授は日本閣議が事実上明成皇后排除の決断を出した時をまさにこの時点と見ている。
寄贈金を提示した井上が問題の手紙が使われた7月8日直後に、突然自分の後輩で同郷の
陸軍中将出身の三浦梧樓を推薦したからだ。韓日関係の最高専門家で「白衣従軍」までし
た井上が、緊迫した時期に外交の門外漢である三浦を後任に薦めたことは、手を血で汚す
事は自分より‘カルジャピ’(訳注:と畜人をさす差別語)が適格と考えたためだったろ
うという推論だ。
崔教授は今回発見した資料を補って、すぐ「明成皇后殺害の真実を明らかにする」(知識
産業社)の完結版を出刊する予定だ。2004年和訳版(閔妃は誰に殺されたのか―見え
ざる日露戦争の序曲、彩流社)が出たこの本は、現在英訳作業も進行中だ。
東亜日報
これは メッセージ 2828 (botannabe2003 さん)への返信です.
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