Re: ★倭が半島の南部にあった証拠
投稿者: samurai_06_japanjp 投稿日時: 2006/04/26 00:19 投稿番号: [1874 / 6952]
>卑弥呼や日王が天皇を名乗るのは偶然ではない。
>古代半島の王家はそれぞれ天皇を名乗った。
>倭の起源は半島、島は半島人の開拓した分家に過ぎない。
おぉ〜〜い、「天皇」呼称は、日本では律令制ではじめて制定された「呼称」だぞぉ〜〜?
時代でいえば、7世紀後半だぞぉ〜〜?
で、卑弥呼の時代は、精々2世紀末から3世紀前半だっしょ〜〜?
4世紀半から、5世紀も「時間軸」ズレまくっているぞぉ〜〜?(苦笑)
>古代半島の王家はそれぞれ天皇を名乗った
半島古代の「王家(自称)」の「呼称」
・「県の領主」として「不耐ワイ候」「華麗ワイ候」「沃沮ワイ候」等々
ないし、「邑君(県候に準ずる)」(「後漢書・東夷伝」)
んで、君のいう時代の「古代半島」の国家(ってーより、大規模集落、程度なんだが)は、
馬韓で、五十余国、「大國萬餘家、小國數千家、總十萬餘戸」
「大きい国で1万戸余り、小さい国で数千戸、全部で十万余戸」
で、呼称は
「辰王治月支國、臣智或加優呼臣雲遣支報安邪shuku[偏足旁叔]支濆臣離兒不例拘邪秦支廉之號。其官有魏率善邑君、歸義侯、中郎將、都尉、伯長」
だってさ。
「王」すら「自称」できず「臣智」と自称。
中華から貰えた「官職名」は「歸義侯、中郎將、都尉、伯長」だってさ。
弁韓・辰韓は、二十四国。
「大國四五千家、小國六七百家、總四五萬戸」
「大きい国で四、五千戸、小さい国で六、七百戸、全部で四、五万戸」
で、呼称は、
やはり「王」とも自称できず「大者名臣智、其次有險側、次有樊wai[偏水旁歳]、次有殺奚、次有邑借」の5ランクだってさ。
で?どこに「天『皇』」って名乗っているの?(爆笑)
これは メッセージ 1857 (bulgom2006 さん)への返信です.
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