「日本は百済が作った」思い出のシリーズ
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/04/25 18:54 投稿番号: [1843 / 6952]
①日本の国宝である広隆寺『宝冠弥勒菩薩半跏思惟像』が、ソウル国立中央博物館に所蔵される『金銅弥勒菩薩半跏像』と酷似していることから、、また材質が当時日本で使われていた楠とは違って赤松であることから、「日本の国宝は、百済で作られたものを輸入しただけ」と断言する韓国学者が多い。
しかし、赤松は日本にもあったし、百済時代の木造仏像は韓国内で一体も発見されていない。素直に考えて、日本の<木製>の『宝冠弥勒菩薩半跏思惟像』より、韓国の<金属製>の『金銅弥勒菩薩半跏像』の方が時代が後であるだろう。しかも、日本のものも半島のものも中国の弥勒菩薩像(山西省 雲崗石窟第5窟 如来形坐像頭部 北魏 五世紀 弥勒菩薩半連像)に酷似している。どちらもインドから中国を経て伝わったものである。
②旧唐書の東夷伝に、「日本国者倭国之別種也。以其国在日辺、故以日本為名。或曰、倭国自悪其名不雅、改為日本。或云、日本舊小国、併倭国之地。」という記述がある。
「日本舊小国、併倭国之地。」は、「日本は小国で、倭国を併合した」との意味である。
これを韓国の学者は、日本と関係の深かった朝鮮半島の南部の「伽耶」(日本が任那日本府を置いたと主張する地方)が「小国」であり、「倭国」を併合して「日本」を名乗ったと主張する。
しかし、元々、倭国を併合した日本が朝鮮半島にあったとする文献はなく、妄想である。
③全羅南道の光州郊外と栄山江の流域に前方後円墳がある。
この墳墓が発見された当初韓国の新聞などは一斉に「古代朝鮮から日本へ前方後円墳が渡った証拠」として報道していた。
ところが、よくよく調べてみると、日本の前方後円墳が3〜5世紀に作られたのに対し、これらの韓国の前方後円墳は5〜6世紀に作られていたことが分かってきた。
さらに韓国の前方後円墳の出土物に日本の埴輪に酷似した土器類が発見された。
常識的に考えれば、この韓国の前方後円墳が作られた当時に日本から有力な豪族がやってきて当地を治めたか、若しくは日本からの何らかの影響が古代朝鮮にあったと推察される。
だからこそ韓国ではこの古墳を黙殺しているのである。
④「日王は百済の末裔」韓国人学者の主張
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2001/12/24/20011224000021.html
>しかし最近『作られた古代』を出版した李成市(イ・ソンシ)早稲田大教授は「(韓国の研究者たちが)近代韓国の民族意識を古代に投影している」と指摘する。「解放後、韓国人による韓日関係史研究は日本民族に対する韓民族の優越性を古代史の中から追い求めることが疑問の余地もなく試図されてきた」という彼の批判は“日本コンプレックス”に対するもう一つの直撃弾であるかも知れない。
しかし、赤松は日本にもあったし、百済時代の木造仏像は韓国内で一体も発見されていない。素直に考えて、日本の<木製>の『宝冠弥勒菩薩半跏思惟像』より、韓国の<金属製>の『金銅弥勒菩薩半跏像』の方が時代が後であるだろう。しかも、日本のものも半島のものも中国の弥勒菩薩像(山西省 雲崗石窟第5窟 如来形坐像頭部 北魏 五世紀 弥勒菩薩半連像)に酷似している。どちらもインドから中国を経て伝わったものである。
②旧唐書の東夷伝に、「日本国者倭国之別種也。以其国在日辺、故以日本為名。或曰、倭国自悪其名不雅、改為日本。或云、日本舊小国、併倭国之地。」という記述がある。
「日本舊小国、併倭国之地。」は、「日本は小国で、倭国を併合した」との意味である。
これを韓国の学者は、日本と関係の深かった朝鮮半島の南部の「伽耶」(日本が任那日本府を置いたと主張する地方)が「小国」であり、「倭国」を併合して「日本」を名乗ったと主張する。
しかし、元々、倭国を併合した日本が朝鮮半島にあったとする文献はなく、妄想である。
③全羅南道の光州郊外と栄山江の流域に前方後円墳がある。
この墳墓が発見された当初韓国の新聞などは一斉に「古代朝鮮から日本へ前方後円墳が渡った証拠」として報道していた。
ところが、よくよく調べてみると、日本の前方後円墳が3〜5世紀に作られたのに対し、これらの韓国の前方後円墳は5〜6世紀に作られていたことが分かってきた。
さらに韓国の前方後円墳の出土物に日本の埴輪に酷似した土器類が発見された。
常識的に考えれば、この韓国の前方後円墳が作られた当時に日本から有力な豪族がやってきて当地を治めたか、若しくは日本からの何らかの影響が古代朝鮮にあったと推察される。
だからこそ韓国ではこの古墳を黙殺しているのである。
④「日王は百済の末裔」韓国人学者の主張
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2001/12/24/20011224000021.html
>しかし最近『作られた古代』を出版した李成市(イ・ソンシ)早稲田大教授は「(韓国の研究者たちが)近代韓国の民族意識を古代に投影している」と指摘する。「解放後、韓国人による韓日関係史研究は日本民族に対する韓民族の優越性を古代史の中から追い求めることが疑問の余地もなく試図されてきた」という彼の批判は“日本コンプレックス”に対するもう一つの直撃弾であるかも知れない。
これは メッセージ 1842 (bulgom2006 さん)への返信です.
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