>がんばれ、ウリのチャングム!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/10/25 12:24 投稿番号: [1537 / 6952]
いやあ、ドキドキして、夜も眠れないくらいです。
伊能の一件以来ですか?
朝鮮通信使が「独島は我が領土」とプラカードを掲げてくるようになったのは。
ひどい場合は、通信使派遣中止なんていうのもありましたしね。
それにマズいことに、チャングム、イルボンの寺子屋を覗いてしまったのですよね。
最初は、「これならウリナラの書堂の方がマシね。大体、倭文字の読み書きだの、ソロバンの稽古だの、まったくサンノム相手じゃないの?」と思っていたのですが、寺子屋の師匠が使っているテキストにこんな事が書いてありました。
「太閤秀吉公の文禄・慶長の役を歓迎した朝鮮人も多かった」と。
チャングム、「これは明らかな歪曲だわ! ああ、かんしゃく起こる…!」
チャングム、ウリナラに帰国して早速報告しましたね。
案の定、次の通信使、日本の寺子屋で使っているテキストの内容をすべてチェックするように、幕府に要求しましたねえ。
幕府としては、「別に我が国の寺子屋は、一種類の書物を使っているわけではない。それは各師に任せてある事であり、役に立たない学問だけならば、そもそも子供の親たちが別の寺子屋に子供を預け変えるだけだ」と。
加藤清正宛てに送られた順和君、光海君の両王子の連名の感謝状(朝鮮での清正の鄭重ぶりを謝するもの)を見せたら、「それは『強制的に』書かせたに違いない。だから『歪曲』だ」と。
薩摩藩が建立した京都の耳塚を薩摩藩が鄭重に整備し、お参りしているのも、「ウリの心を傷付けた」のだと…。
薩摩藩としては、純粋に敵・見方の戦没者を供養するための記念碑のつもりが、「侵略を美化している」と言われてしまい…。
あ!!!
東亜さんがおっしゃったように、この時期朝鮮は、すでに清の太宗に臣従した後でした。
朝鮮では、耳塚の事を清の朝廷に告げ口してしまった。
すると、「これは聞き捨てならない事である。これは、四海を鎮め、天下を以って国家となし、清日友好を切望する天朝の慈悲の心を踏みにじる行為である。場合によっては應懲の師を派遣せざるべからず」と。
これは恫喝ですね。
日本としては、「あの時は明朝のはずだ。今は清朝だ。どうして明の万暦年間の事を、清国が自分の苦しみのように言うのだ? それに明国とは両者会談で講和を済ませたではないか? それに大体、我が国が清国と戦った事はあるのか?」という気持ちでしたが、それは関係ないようでした。
あれ? チャングムはどこに行ったのかな?
もろこし国が出てきた途端、影が薄くなりましたが、ぜひ、大活躍して欲しいものですね。
伊能の一件以来ですか?
朝鮮通信使が「独島は我が領土」とプラカードを掲げてくるようになったのは。
ひどい場合は、通信使派遣中止なんていうのもありましたしね。
それにマズいことに、チャングム、イルボンの寺子屋を覗いてしまったのですよね。
最初は、「これならウリナラの書堂の方がマシね。大体、倭文字の読み書きだの、ソロバンの稽古だの、まったくサンノム相手じゃないの?」と思っていたのですが、寺子屋の師匠が使っているテキストにこんな事が書いてありました。
「太閤秀吉公の文禄・慶長の役を歓迎した朝鮮人も多かった」と。
チャングム、「これは明らかな歪曲だわ! ああ、かんしゃく起こる…!」
チャングム、ウリナラに帰国して早速報告しましたね。
案の定、次の通信使、日本の寺子屋で使っているテキストの内容をすべてチェックするように、幕府に要求しましたねえ。
幕府としては、「別に我が国の寺子屋は、一種類の書物を使っているわけではない。それは各師に任せてある事であり、役に立たない学問だけならば、そもそも子供の親たちが別の寺子屋に子供を預け変えるだけだ」と。
加藤清正宛てに送られた順和君、光海君の両王子の連名の感謝状(朝鮮での清正の鄭重ぶりを謝するもの)を見せたら、「それは『強制的に』書かせたに違いない。だから『歪曲』だ」と。
薩摩藩が建立した京都の耳塚を薩摩藩が鄭重に整備し、お参りしているのも、「ウリの心を傷付けた」のだと…。
薩摩藩としては、純粋に敵・見方の戦没者を供養するための記念碑のつもりが、「侵略を美化している」と言われてしまい…。
あ!!!
東亜さんがおっしゃったように、この時期朝鮮は、すでに清の太宗に臣従した後でした。
朝鮮では、耳塚の事を清の朝廷に告げ口してしまった。
すると、「これは聞き捨てならない事である。これは、四海を鎮め、天下を以って国家となし、清日友好を切望する天朝の慈悲の心を踏みにじる行為である。場合によっては應懲の師を派遣せざるべからず」と。
これは恫喝ですね。
日本としては、「あの時は明朝のはずだ。今は清朝だ。どうして明の万暦年間の事を、清国が自分の苦しみのように言うのだ? それに明国とは両者会談で講和を済ませたではないか? それに大体、我が国が清国と戦った事はあるのか?」という気持ちでしたが、それは関係ないようでした。
あれ? チャングムはどこに行ったのかな?
もろこし国が出てきた途端、影が薄くなりましたが、ぜひ、大活躍して欲しいものですね。
これは メッセージ 1535 (toapanlang さん)への返信です.
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