Re: 「テジョン国際シンポジウム2003
投稿者: pretzs002 投稿日時: 2006/12/21 10:32 投稿番号: [4591 / 9237]
>朴正煕当時の韓国はまだ日本を覚えている人が多く、反日といってもお題目のようなところがありましたが、現在の韓国人は「純粋」に反日を信じている人が多いですね。特に386世代。
>他トピで違うさんもふれられていましたが、彼らの「身内」すなわちウリの範囲はせいぜいが親族、地方社会の枠に留まっておりました。それを壊して国家社会をウリの範囲にしようとしたのが朴正煕です。
>そこでいったん清算できなかったぶん、金泳三以降の「民族至上主義」のような北の現実から眼を背けるグデグデが招かれたんでしょうな。
戦争体験のないものが、反日に対して「純粋」というところが怖いですね。(苦笑)
ちと思うところですが、朝鮮半島に民主主義は時期尚早だったということはないですか。
何となく、昨今の左への流れは、身の丈を知らないままの無理がたたった末の反動のように思えなくもありません。
ところで東亜さん、「物語 韓国人」(田中明著 文春文庫)はお読みになったでしょうか。
読み始めたところですが、おもしろく読み進めています。
(他カテでの、拾い物です。)
先のようなことを考えながら読み始めたのですが、
そこでは、72年秋までの反政府運動や、暴力がらみの野党の党内紛争などは、「独裁」政権に対する「民主」勢力の抗争であり、その中で生じた軋みだ、という日本での解説に対する著者の反論が述べられています。
民主勢力を自称する人たちが、必ずしも民主主義者ではないという見本ということで。
>彼らには国家のグランドデザインが無かったのでしょうかね。
米国に国家の形だけは作ってもらったものの、経済はそこそこになったものの中身が成熟しないまま。
それ故、歪が出てきても対処しきれないのが実情に思えます。
(子どもが小金を持ったようなものでしょうか、やはり保護者が必要なのかな・・・日本はもうだめですよ。笑)
先の本でもう一点、
司馬遼太郎さんが「律令時代の日本人と、その後の日本人が同じ民族だとは思えない」
と、仰っていたことに対し、
著者は、「三国時代の韓国人が、李朝の韓国人と同じ民族とは思えない」という想念に囚われているそうです。
(古代の韓国人のほうが、日本人が親しみを感じる要素が多いらしい。)
長くなってすみませんが、以前のJ.Fookerさんのカキコミです、
東亜さんのカキコミを読んで思い出したので。
「歴代の韓国政府は、これをある程度理解していたようで、表でどれほど反日の旗を振っていても、裏では元老と呼ばれる社会の実力者達が関係を破壊しないように腐心していたそうです。
当時の反日は、日本側もガス抜きの一種としてある程度了解した上での話だったんで、一種の出来レースだったと言う面もあります。
(日本国内の雰囲気もこれを受け入れるのにさほど困難のないものでした)」
この「元老」のような存在があったとしても、政府が聞く耳を持たない、というのが現状でしょうか。
なんか、いろいろ書き込んでごちゃまぜ状態になっていましました、
お許しあれ。
>他トピで違うさんもふれられていましたが、彼らの「身内」すなわちウリの範囲はせいぜいが親族、地方社会の枠に留まっておりました。それを壊して国家社会をウリの範囲にしようとしたのが朴正煕です。
>そこでいったん清算できなかったぶん、金泳三以降の「民族至上主義」のような北の現実から眼を背けるグデグデが招かれたんでしょうな。
戦争体験のないものが、反日に対して「純粋」というところが怖いですね。(苦笑)
ちと思うところですが、朝鮮半島に民主主義は時期尚早だったということはないですか。
何となく、昨今の左への流れは、身の丈を知らないままの無理がたたった末の反動のように思えなくもありません。
ところで東亜さん、「物語 韓国人」(田中明著 文春文庫)はお読みになったでしょうか。
読み始めたところですが、おもしろく読み進めています。
(他カテでの、拾い物です。)
先のようなことを考えながら読み始めたのですが、
そこでは、72年秋までの反政府運動や、暴力がらみの野党の党内紛争などは、「独裁」政権に対する「民主」勢力の抗争であり、その中で生じた軋みだ、という日本での解説に対する著者の反論が述べられています。
民主勢力を自称する人たちが、必ずしも民主主義者ではないという見本ということで。
>彼らには国家のグランドデザインが無かったのでしょうかね。
米国に国家の形だけは作ってもらったものの、経済はそこそこになったものの中身が成熟しないまま。
それ故、歪が出てきても対処しきれないのが実情に思えます。
(子どもが小金を持ったようなものでしょうか、やはり保護者が必要なのかな・・・日本はもうだめですよ。笑)
先の本でもう一点、
司馬遼太郎さんが「律令時代の日本人と、その後の日本人が同じ民族だとは思えない」
と、仰っていたことに対し、
著者は、「三国時代の韓国人が、李朝の韓国人と同じ民族とは思えない」という想念に囚われているそうです。
(古代の韓国人のほうが、日本人が親しみを感じる要素が多いらしい。)
長くなってすみませんが、以前のJ.Fookerさんのカキコミです、
東亜さんのカキコミを読んで思い出したので。
「歴代の韓国政府は、これをある程度理解していたようで、表でどれほど反日の旗を振っていても、裏では元老と呼ばれる社会の実力者達が関係を破壊しないように腐心していたそうです。
当時の反日は、日本側もガス抜きの一種としてある程度了解した上での話だったんで、一種の出来レースだったと言う面もあります。
(日本国内の雰囲気もこれを受け入れるのにさほど困難のないものでした)」
この「元老」のような存在があったとしても、政府が聞く耳を持たない、というのが現状でしょうか。
なんか、いろいろ書き込んでごちゃまぜ状態になっていましました、
お許しあれ。
これは メッセージ 4590 (toapanlang さん)への返信です.