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落第生、でもノーベル賞

投稿者: pretzs002 投稿日時: 2006/09/13 16:13 投稿番号: [3960 / 9237]
小柴昌俊博士「高校では物理の落第生だった」



  「社会全体が結果だけに執着するようになると、科学者たちは息苦しくなるものです。韓国の黄禹錫(ファン・ウソク)教授の場合もこのような側面から考え直してみるべきです」

  2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士(80)。宇宙から飛んでくるニュートリノ(中性微子)とX線を世界で初めて観測し、「ニュートリノ天文学」という分野を新たに開拓した先駆者だ。

  小柴博士は黄禹錫教授事件を生み出した韓国社会の特性を指摘しながら、「科学者たちをほったらかしにしてあげて、広い心で結果を待つのが一番だ」と語った。

  ノーベル賞を受賞したものの、小柴博士は「超高速」、「早期」、「英才」といった単語とはほど遠い人生を歩んできた。

  同博士は東京大学理学部物理学科をビリの成績で卒業した。29人の同期生のうち点数が一番低かったのだ。中・高校時代もさえなかった。中学1年のときに小児まひにかかり、数カ月間学校を休学したため、高校進学も1年遅れた。それ以来、右腕が利かなくなった。

  高校に入ってからは学費と生活費を工面するため、アルバイトに明け暮れた。大学進学後は職業軍人だった父が公職から追われたため、中学生や高校生の家庭教師をしながら学費を稼がなければならなくなった。

  博士は当時を振り返り、「いつも勉強する時間が足りなかった」と話す。

  小柴博士は負けず嫌いが原因で物理学を専攻したという。

  「高校3年の、大学入試の願書を出す1カ月前でした。学校の物理の先生とわたしの友人がわたしのうわさをしているのを偶然にも聞いてしまったんです。その先生はわたしに物理で落第点を付けた先生でした。その先生がわたしの友人に『まさか落第生の小柴君が物理学を専攻するわけがないでしょう』とおっしゃるではありませんか」

  この言葉を聞いた小柴博士は1カ月間来る日も来る日も物理の勉強ばかりを続けた。そして3カ月後、晴れて東京大学物理学科に合格した。

  大学3年のとき、博士は奨学金をもらうつもりで論文を書き始め、いくつかの実験も始めた。「実験がこれほど面白いものだとは思いませんでした。これこそ、まさにわたしが行くべき道だと思うようになったんです」

  以来、物理学に没頭した同博士は1987年に中性微子の検出に成功し、2002年にはノーベル物理学賞を受賞するまでに至った。

  博士は、最後に目をぱちくりさせながら自分の特別講演に聞き入っていた韓国人学生たちに「楽しんでやりなさい」とアドバイスした。

  「わたしの講演に参加してくれた韓国人学生たちは本当に明るく、元気な学生たちだという印象を受けました。その活発さで何事も自由に面白く取り組んでいけば、すべてのことがうまくいくでしょう」

キム・ヨンミン記者

朝鮮日報


>社会全体が結果だけに執着するようになると、科学者たちは息苦しくなるものです

あちらは、結果ありきのように思います。
小柴博士の思いは伝わったのでしょうか。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/13/20060913000021.html
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