潘外相事務総長立候補顛末記

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金大中は悪党ニダ

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2011/07/26 11:34 投稿番号: [2218 / 2559]
記事入力 : 2011/07/26 09:59:51
【社説】ラングーン事件の実行犯送還に反対した金大中政権

  金大中(キム・デジュン)政権で国家情報院第1次長、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権で大統領府安全保障補佐官を務めた羅鍾一(ラ・ジョンイル)氏が、マスコミとのインタビューで「国家情報院は1999年、ラングーン事件(1983年に当時の全斗煥〈チョン・ドゥファン〉大統領がミャンマーのアウンサン廟〈びょう〉を訪問した際、これを狙って北朝鮮が起こした爆弾テロ)により現地の刑務所に収監されていた北朝鮮工作員カン・ミンチョル死刑囚の韓国送還を進め、ミャンマー政府も送還する意向があったが、韓国政府は太陽政策にマイナスになると判断し、実現しなかった」と述べた。カン・ミンチョル死刑囚は別の工作員2人と共に1983年10月9日、ミャンマーのアウンサン国立墓地に爆弾を仕掛け、当時全斗煥大統領の海外歴訪に同行していた副首相、外相、商工相(現在の通商産業相)、動力資源相(当時)、大統領秘書室長、大統領府経済首席など韓国人17人とミャンマー人4人を殺害したとして現行犯逮捕された。カン・ミンチョル死刑囚はミャンマーの法廷で死刑宣告を受けたが、執行保留のまま25年が過ぎ、2008年5月に53歳で死亡した。爆弾が爆発した時間は全元大統領がアウンサン廟に到着する直前だったため、大統領は無事だった。
  羅氏によると、カン・ミンチョル死刑囚は1998年に駐ミャンマー韓国大使館員から熱心な説得を受け、テロの全容を明らかにしたという。国家情報院はカン・ミンチョル死刑囚を韓国に送還するか、第三国に護送するためミャンマー政府と接触し、前向きな反応を得ていたが、最終的に韓国政府が反対したため実現には至らなかったという。
  カン・ミンチョル死刑囚はテロ直後に逃走したが、ミャンマー軍に包囲された際、手りゅう弾を投げようとピンを取り外した瞬間、手りゅう弾が爆発し左腕を失った。直後に逮捕されたカン・ミンチョル死刑囚は面会に訪れた韓国大使館の職員に「逃走を支援することになっていた案内人が約束の場所に姿を現さなかった。また、手りゅう弾は安全ボタンを押していたのに爆発した。これは、祖国が私を殺害しようとしたからだ」と述べ、北朝鮮を激しく恨んでいたという。羅氏は「北朝鮮も韓国もカン・ミンチョル死刑囚に関心を示さなかった」として、カン・ミンチョル死刑囚を「分断の犠牲者」と呼んだ。
  もしカン・ミンチョル死刑囚が韓国に送還され、自らが犯したテロ行為についてありのままを語る機会が与えられていれば、北朝鮮が「(ラングーン事件は)南朝鮮の自作自演」とウソの主張を今に至るまで続けることはできなかっただろう。1998年当時、金大中政権が南北首脳会談にとらわれず、歴史の真実について証言する証人を何としても確保するという意志さえあったなら、最低でも第三国に逃れさせるなどの対策が取れたはずだ。しかし当時の政府はその程度の考えさえなかった。この事実はまさに、太陽政策の影に隠れた闇の歴史の一部だ。

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

http://www.chosunonline.com/news/20110726000027

ヒトモドキにまともなのはいません。
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