潘外相事務総長立候補顛末記

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ウリナラ大統領は影が薄いニダ

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2010/01/30 17:52 投稿番号: [1881 / 2559]
記事入力 : 2010/01/30 16:58:10
【コラム】四川大地震回顧、李大統領と日本の救助隊

  最近赴任した韓国の柳佑益(リュ・ウイク)駐中大使は22日から24日までの日程で、2008年の大地震で被害を受けた四川省を訪れた。赴任後、初めての地方訪問だった。08年5月、李明博(イ・ミョンバク)大統領は外国の国家元首として初めて、四川大地震の被災地を訪問した。今回の訪問に先立ち、柳大使は劉奇葆・四川省共産党委書記と会談し、李大統領が訪れた都江堰市に立ち寄った。
  都江堰では地震で重傷を負い、両親が死亡した子供たちや、体に障害を負った被災者など約10人が柳大使一行を出迎えた。このうち、小学校5年の魏月濠君は、李大統領が直接抱き上げて慰めた男児だ。月濠君は昨年、青瓦台(韓国大統領府)の招きで韓国を訪問した。柳大使は救援物資を手渡しながら彼らを慰問した。柳大使は現地メディアの取材に対し、今回の訪問は「両国が究極的に追及すべき心の交流が目的だ」と語った。
  柳大使が最初の地方訪問先として四川省を選んだのは、韓国と縁がある地だからだ。李大統領が訪中日程に予定していなかった四川省を訪問したのは、当時大統領秘書室長を務めていた柳大使による提案だった。このため、李大統領も中国に赴任する柳大使に対し、「赴任したら地震被災地を見てくるように」と指示したという。柳大使はこの地を両国の親善交流の象徴にしたいという思いがあったはずだ。
  ところが、李大統領の四川訪問を知る中国人はそれほど多くない。また、今回の柳大使の訪問も現地以外ではほとんど報道されていない。大地震当時の外国による支援に関連し、多くの中国人が忘れずにいるのが日本の救助隊による活躍だ。
  地震発生から6日目の08年5月17日午前7時半、日本の救助隊員31人は四川省最北部にある青川県関荘鎮の病院で、16時間にわたる徹夜の捜索作業の末、母子の遺体を発見した。この病院の宿舎で産後休暇を取っていた宋雪梅さんと、産着に包まれた生後75日の幼い女の子だった。
  日本の救助隊員はこの母子の遺体を囲み2列に整列し黙とうを捧げた。「最善を尽くしたのだが」とうな垂れる救助隊長に、宋さんの母親は「ご苦労様。本当にご苦労様」と感謝の言葉を繰り返した。その後も、北川県で徹夜の捜索作業に当たった日本の救助隊員は、遺体を発見するたびに厳かに黙とうを捧げ、哀悼の意を表した。彼らが見せた献身ぶりと命に対する畏敬(いけい)は、中国人に新鮮な衝撃を与えた。
  5月19日夜、3泊4日の救助作業を終え、省都の成都市に戻った日本の救助隊員は沿道の市民から熱烈な拍手を受けた。このとき、多くの中国人は、日本に対する見方が変わったとまで話した。
  外国の元首による初の被災地訪問だったにもかかわらず、中国人が李大統領の訪問よりも日本の救助隊の活動を記憶しているのはなぜか。中国は歴史的に日本によって大きな被害を受けた国であるにもかかわらずだ。それは、中国人が日本の救助隊から真心を感じたためではなかろうか。柳大使が目指す「心の交流」がどんな外交イベントよりも重要だということを、日本の救助隊が示したのだ。

崔有植(チェ・ユシク)北京特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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