潘外相事務総長立候補顛末記

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ミャンマ−のサイクロン

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/05/10 05:40 投稿番号: [1320 / 2559]
悲惨なようですが、対応に北韓国と同じカホリがします。


行き場失い寺院へ、援助届かぬ都市貧困層   ミャンマー
2008年05月10日03時02分

  【ヤンゴン=木村文】サイクロンに襲われ、未曽有の被害を受けたミャンマー(ビルマ)の最大都市ヤンゴンに9日、入った。被災から7日たってもサイクロンのつめ跡は町のあちこちに生々しく、人びとの生活は復旧にほど遠い。直撃を受けたのは貧困層だ。行き場を失った人びとは、寺院などに身を寄せ、届かぬ援助に憤りを隠さなかった。

  「家なんてもう残ってない」。ヤンゴンで被害が特に大きかった西部フラインタヤー地区。家族10人と小さな寺院に避難している工場労働者、ウ・カン・ウィンさん(53)は途方に暮れたように言った。同地区は新興開発地域。日雇い仕事を求めて地方から低賃金で働く人びとが集まってくる場所でもある。

  ウ・カン・ウィンさんが近くの食品工場で夜勤をしていた2日深夜、突然すさまじい音がして工場の屋根がすべて吹き飛ばされた。風雨の中をあわてて家に帰り、妻子らを連れて寺院へ。以来、境内のあずまやで寝起きする。僧に恵んでもらっているわずかな食料で生きている。「だが、ここも今日限りで出て行けといわれた」。工場は破壊されたままで仕事はない。「路上で暮らすしかない」とため息をついた。

  寺院には家を失った50人ほどが身を寄せる。乳飲み子や病人もいる。「援助は全く来ない。(軍事政権には)被災者が見えていないみたい」。年配の女性が言った。

  ミャンマーの新聞やテレビは連日のように、軍政幹部が被災地で援助物資を配る様子を報じている。だが、「幹部が行った場所でしか配られていない」と人びとは憤る。

  ヤンゴン中心部から車で南へ約40分のダゴンミョーティ地区。水が引かず、貧しい人びとが住む低地は腐臭を放つ「泥沼」と化していた。

  家が倒壊したという男性(35)はひざまで泥に埋まりながら、家を建て直していた。わずかに残った土台に、折れた柱をとりつける。壁はない。「1週間やってこの程度だ」。衛生状態が悪く、幼い子の健康が心配だ。

  被災者の多くは、軍政が国際社会からの支援受け入れに消極的なことを知っている。家も水も食料も薬もなかなか届かないなかで、人びとの体力は限界に近づいている。

  最も被害が深刻で、約2万3千人の犠牲者の大半を出した、ヤンゴン南西のエヤワディ管区では、人道支援関係者も報道関係者も、外国人の入域は厳しく制限されている。被災者がどれだけの窮状に陥っているのか、全容は依然わからない。断片的な情報が伝わってくるだけだ。

  多くの死者が出た同管区ボガレイから、近隣の町に被災民が続々と流れ込んでいるという。ミャオミャという町には、1万〜1万5千人が到着した。政府の支援は間に合わず、町の人びとが寄付を集めて助けているという。

  町には両親を失った孤児が数百人いるという。今も、50以上の村が水につかったままだと言い、コレラなど伝染病の発生も懸念されている。


こういうときいつもしゃしゃり出てくるPA−が今回はダンマリだな。
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