根岸英一教授のLip Serviceと本音
投稿者: cyber_assassinat_x 投稿日時: 2010/10/08 21:15 投稿番号: [648 / 1457]
Q: 韓国の科学力に対する印象は・・・・・・
A: ・・・・私が研究している分野に限って話せば、すぐに韓国人研究者の名前が浮かばないのはなぜだろうか。・・・・
根岸英一教授「韓国、ノーベル科学賞受賞の条件は整った」(1)(2)
6日、今年のノーベル化学賞の共同受賞者に選ばれた根岸英一米パデュー大特別教授は、小学生時代の2年間をソウルで過ごした。 それだけに韓国に対する愛情も深い。 韓国がノーベル科学賞を受賞するための苦言もためらわなかった。 ノーベル賞受賞の喜びがまだ続く7日午前、米インディアナ州の自宅にいる根岸教授に1時間ほど単独電話インタビューをした。
−−日本はノーベル科学賞をこれまで15人も受賞しているが、韓国ではまだ受賞者が出ていない。その理由をどう考えるか。
「正直、それは知らなかった。 近代化の歴史の差かもしれない。 日本は太平洋戦争後すぐに科学立国のために多くの投資をしてきた。 産業も急速に発展した。 ノーベル賞を受賞できる土壌が早くから形成された。 蓄積の力だ。 しかし韓国は約30年遅かった。 それでもその速度が速いだけに、ノーベル科学賞を受賞する条件は整った。 時間の問題だと思う」
−−韓国の科学力に対する印象は。
「米国で会った韓国人の研究者は能力と素質が非常に優れている。 ところが、その人たちが韓国に帰れば大きく伸びていくことができないのをみて、率直に残念に思っていた。 有能な才能を生かせない雰囲気があるのではないだろうか。 例えば私が研究している分野に限って話せば、すぐに韓国人研究者の名前が浮かばないのはなぜだろうか。 優秀人材に対する国家的な研究支援が必要だ。 もう一つ助言するなら、日本の場合、科学分野で多くの国策プロジェクトを推進してきた。 これを通じて発展が加速した。 韓国もその必要がある」
−−韓国に対する記憶は。
「韓国には小学3年の終わりから5年の終わりまでいた。 父が旧満州鉄道の系列会社で勤めたため、満州で生まれ、ハルビンで少年時代を過ごした。 ところがその後、京城(ソウル)に移ったが、本当に幸いだった。 ハルビンにいたなら家族全員が惨事にあっていただろう。 ソウルにいたおかげで問題なく終戦後、日本に帰ることができた。 当時、ソウル城東区(ソンドング)にある小学校に通った。申し訳ないが、学校名は憶えていない。 東側に低い山のような丘があり、その麓に学校があった。 近くに川が流れていた。 毎日学校を出てから丘で土を掘り、防空壕を作って遊んだことをよく憶えている。 残念ながら当時の友人のうち連絡を取っている人はいない。 パデュー大学で会った韓国人研究者についていき、20年ほど前、延世(ヨンセ)大学を訪問したことがある」
−−ノーベル賞は狙っていたのか。
「それ自体が目標ではないが、夢の対象になるとは考えた。 研究しながら究極的にはノーベル賞があるという考えを視野に入れることも、いや、視野に入れることが努力を刺激すると考える」
−−「利益を生む研究」をしろと主張しているが。
「利益など追わずに学問にまい進しろと主張する人もいるが、そういう人たちは志向点を低く設定して‘自己満足’する人たちが多い。 国もお金があってこそ教育および科学に投資できるように、多くの人々に直接・間接的に利益を与え、プラスの影響を与える研究が良い研究だ。 そうしてこそ良い循環ができる。 その点で個人的にはマイクロソフト(MS)のビルゲイツは革命的な人物だと思う。 彼は純粋な技術的革新という側面でも素晴らしいが、それを利益として創出した。 ‘現実にある夢のような話’を私は羨望する。 ビルゲイツは私の羨望の対象だ」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=133715&servcode=A00
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=133716&servcode=A00
A: ・・・・私が研究している分野に限って話せば、すぐに韓国人研究者の名前が浮かばないのはなぜだろうか。・・・・
根岸英一教授「韓国、ノーベル科学賞受賞の条件は整った」(1)(2)
6日、今年のノーベル化学賞の共同受賞者に選ばれた根岸英一米パデュー大特別教授は、小学生時代の2年間をソウルで過ごした。 それだけに韓国に対する愛情も深い。 韓国がノーベル科学賞を受賞するための苦言もためらわなかった。 ノーベル賞受賞の喜びがまだ続く7日午前、米インディアナ州の自宅にいる根岸教授に1時間ほど単独電話インタビューをした。
−−日本はノーベル科学賞をこれまで15人も受賞しているが、韓国ではまだ受賞者が出ていない。その理由をどう考えるか。
「正直、それは知らなかった。 近代化の歴史の差かもしれない。 日本は太平洋戦争後すぐに科学立国のために多くの投資をしてきた。 産業も急速に発展した。 ノーベル賞を受賞できる土壌が早くから形成された。 蓄積の力だ。 しかし韓国は約30年遅かった。 それでもその速度が速いだけに、ノーベル科学賞を受賞する条件は整った。 時間の問題だと思う」
−−韓国の科学力に対する印象は。
「米国で会った韓国人の研究者は能力と素質が非常に優れている。 ところが、その人たちが韓国に帰れば大きく伸びていくことができないのをみて、率直に残念に思っていた。 有能な才能を生かせない雰囲気があるのではないだろうか。 例えば私が研究している分野に限って話せば、すぐに韓国人研究者の名前が浮かばないのはなぜだろうか。 優秀人材に対する国家的な研究支援が必要だ。 もう一つ助言するなら、日本の場合、科学分野で多くの国策プロジェクトを推進してきた。 これを通じて発展が加速した。 韓国もその必要がある」
−−韓国に対する記憶は。
「韓国には小学3年の終わりから5年の終わりまでいた。 父が旧満州鉄道の系列会社で勤めたため、満州で生まれ、ハルビンで少年時代を過ごした。 ところがその後、京城(ソウル)に移ったが、本当に幸いだった。 ハルビンにいたなら家族全員が惨事にあっていただろう。 ソウルにいたおかげで問題なく終戦後、日本に帰ることができた。 当時、ソウル城東区(ソンドング)にある小学校に通った。申し訳ないが、学校名は憶えていない。 東側に低い山のような丘があり、その麓に学校があった。 近くに川が流れていた。 毎日学校を出てから丘で土を掘り、防空壕を作って遊んだことをよく憶えている。 残念ながら当時の友人のうち連絡を取っている人はいない。 パデュー大学で会った韓国人研究者についていき、20年ほど前、延世(ヨンセ)大学を訪問したことがある」
−−ノーベル賞は狙っていたのか。
「それ自体が目標ではないが、夢の対象になるとは考えた。 研究しながら究極的にはノーベル賞があるという考えを視野に入れることも、いや、視野に入れることが努力を刺激すると考える」
−−「利益を生む研究」をしろと主張しているが。
「利益など追わずに学問にまい進しろと主張する人もいるが、そういう人たちは志向点を低く設定して‘自己満足’する人たちが多い。 国もお金があってこそ教育および科学に投資できるように、多くの人々に直接・間接的に利益を与え、プラスの影響を与える研究が良い研究だ。 そうしてこそ良い循環ができる。 その点で個人的にはマイクロソフト(MS)のビルゲイツは革命的な人物だと思う。 彼は純粋な技術的革新という側面でも素晴らしいが、それを利益として創出した。 ‘現実にある夢のような話’を私は羨望する。 ビルゲイツは私の羨望の対象だ」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=133715&servcode=A00
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=133716&servcode=A00
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