Re: 韓国史から消えた王仁の小説
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2010/08/30 20:19 投稿番号: [572 / 1457]
王仁(古事記では和邇)とは架空の人物であり当時は一定の部族氏族を指していた。
卑弥呼の時代にはすでに朝鮮半島には多くの漢族が暮らしており特に半島西部ではかなり文明的な暮らしがされていた。
それらの漢族は時々日本にも攻め入ってきた。
その戦いを描いたのが出雲の白兎伝説であり、半島の和邇族(ワニ)と因幡の宇佐氏(ウサギ)の戦争の物語だった。
特に山陰地方は和邇族の侵攻を多く受けたらしく、その記憶が和邇→ワニ→オニ→鬼と書き換えられ伝承されていくのであった。
王仁と書くのは日本書紀が経緯をこめて「王仁者」(王に仕える仁のある者)と当て字をしたのが始まり。
よって姓が王名が仁ではなく本来は和邇が姓であり部族名なのである。
古事記が編纂された当時は和邇氏の子孫も宇佐氏の子孫も大和朝廷の中でそれなりの地位を得ていたので直接的な記述をすると色々と弊害があり動物に置き換えて記載されたものと思われる。
隠岐因幡に勢力を持っていた宇佐氏が何らかのモメ事で和邇族の侵攻を受けかなりの被害を被った。
それに乗じて近隣の豪族達(古事記では八十神と記述される)も因幡を劫掠した。
だがそんな中でも出雲の大国主だけは因幡を助けた。
そして因幡のヤガミヒメと婚姻関係を結び大国主は因幡を手に入れ神武帝に国を譲るまで山陰地方に一大勢力を築いたということを古事記は記したと思われる。
韓国では、1145年以前の歴史書がないため古代朝鮮の研究を中国及び日本の歴史書を使って研究している。
その中の「日本書紀」にこの「任那日本府」が登場するのだが、韓国人研究者は「日本書紀」の任那日本府以外の朝鮮の記述を正当と扱いながら、「任那日本府」に対してはこれは虚偽であるというのである。
同じ文献でありながら、こんなダブルスタンダードをとってまともな研究といえるのだろうか?
これは メッセージ 569 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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