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在日同胞の生活史を日本人の目で見る

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2010/01/03 17:31 投稿番号: [9208 / 10735]
■□   大阪   渡来人との縁を絡め

  旧猪飼野界隈、現在の生野区は、住人の4分の1を韓国・朝鮮籍で占める日本最大のコリアタウンだ。そして1400年前には多くの渡来人が移り住み、「百済郡」という地名で呼ばれた歴史の宝庫でもある。
  郷土歴史研究家で大阪府文化財愛護推進委員でもある足代健二郎さん(67)は、こうした歴史の因果に魅せられ、古代の猪飼野と現在の生野区の歴史に関わる「猪飼野探訪会」(姜信英代表)では事務局長を務め、在日同胞や日本人と古代からの韓半島と日本の関係を伝えてきた。
  足代さんは生まれも育ちも猪飼野。コリアタウンのど真ん中にある御幸森小学校に通った。当時の同級生は日本人と在日が半々だった。在日の友だちに対しての悪い記憶はまったくないという。   足代さんがおぼろげながら在日像を結ぶようになったのは、定時制高校2年のときから。家業を手伝うようになり、在日とも商売上の取り引きで接触の機会が増えてからだった。
  「金回りが悪く、生活が苦しかったためでしょう。売掛金の支払いがよくない人が多かった。それに、分かりやすく例えれば、映画『血と骨』の主人公・金俊平的な1世が印象として目立ちました」。しかし、足代さんの在日像は微妙に変化してきた。
  「在日の人たちの経済力、のみならず文化面でのパワーはものすごい。私の交際範囲の在日の人たちも大変好感が持てます。人間味の豊かな人が多い。猪飼野は在日の集住地であるという点に最大の特徴があり、いまやこれが町の魅力の最大の源泉となっているわけで……私はまあ気に入っています」
  足代さんは昨年10月、関西地区の在日韓国人と日本人が一体となって、コリアタウンの入り口にある御幸森天神宮に建立したハングル歌碑に期待をかけている。
  「古代とつながるコリアタウンの一角に碑ができたことに大きな意義がある。在日韓国人側からの、神社や日本人社会に対する親近感が増すかもしれない。また、日本人側もこの碑を通じて朝鮮半島の文化に親しみや理解を深めるかもしれない。猪飼野が韓国とつながっていることを伝えることができる一つの形ができた。地域の大きな財産になります」

■□   奈良   「つらい労働」の語り部に

  丹波市小学校の敷地内に設置されている奈良・天理市立北中学校夜間学級の一室。
  ここには在日韓国人1世の女性が檜縄(ひのきなわ)の製造に使った皮剥ぎ用の鎌、内皮を叩く槌、檜縄を剥く包丁、縄あみ台、室の火消し具など約100点が展示されている。
  同校で教べんをとる福島俊弘さん(55)は「これらは天理の夜間学級に通う1世オモニたちの歴史そのものです。この歴史を後世に伝えていきたい」と語った。
  日本の戦前から木材の集散地だった桜井には、吉野や宇陀などから檜や杉が運ばれてきた。この檜や杉から薪はだをはいで蒸し、乾燥させては縄を製造した。檜縄は、「材木の町」桜井ならではの数少ない地場産業だった。
  「きつい」「汚い」うえに、長時間の重労働の担い手となったのは在日韓国人たちだった。できあがった檜縄は、木造船の防水詰め具として70年代までは桜井市で盛んに製造された。
  福島さんは文献調査の傍ら、夜間学級に通うお年寄りたちから聞き取りを始めた。
  「この仕事をなぜしたのか」。桜井市から同夜間学級に通う1世女性のほとんどが「子どもたちを育てるため」、「生活の糧として」と答えている。
  福島さんはこの間の聞き取り成果をもとに市民講座を企画し、檜縄にかかわってきた在日1世の生活史を伝えている。毎回、数人の生徒が語り部として重い歴史を市民に伝えている。

(2010.1.1   民団新聞)


調べた日本人に聞きたい。
周辺の日本人への聞き取りはしたか?
どんな非道い眼にあったか聞いたか?
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