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ウリは搾取されていたニダ 2

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/09/09 04:56 投稿番号: [7924 / 10735]
農業生産力の低下、農民生活の破綻

  「耕地の一部が労働力不足の為休耕を余儀なくされたり折角の新墾地が荒廃に任せられたりする逆傾向が益々大規模に促進せざるを得ない」(「第86・87回帝国議会食料関係説明資料」)とあるように、農民たちの農業経営は粗雑化していった。生産意欲を失った農民たちは耕地を放棄または休耕せざるをえなかった。全国耕地面積は39年の約496万町歩から42年の約485万町歩へと減少し、一戸当たり耕地面積は1.640町歩から1.588町歩へと縮小している。こうした耕地面積の急速な縮小の結果、米の生産量は2414万石から1569万石へと減少している。
  このような総督府の農村政策の結果、農民生活は完全に破綻していった。軍や日本国内での食糧不足にともなって、米供出が強化され自家食料までが供出対象にされた。また、戦時下で農具や肥料が不足しており、零細農が自前でそれを購入することはほとんど不可能であった。とりわけ零細農家の暮らしに深刻な影響を与えたのは激しいインフレの進行だった。生活必需品は闇で購入しなければならず、公定価格で買い取られる米代金での農民生活は困難になった。このほかにも増税や公課、戦時債券の購入など農民生活を圧迫する政策が実行されていった。

いわるゆ「植民地国家」論

  戦時下の民衆生活はこのような状態であったのだが、最近の論議のなかで、「植民地近代(性)」「対日協力(者)」問題と関連して、30年代に植民地当局と朝鮮人中間層とのあいだでバーゲンを通じた「接近戦」(いわゆる「対日協力」)が展開された結果、「植民地公共領域」が拡大し、一時期、総督府の内部で同化主義的な植民地支配から自治主義的な植民地支配(朝鮮議会設立)への転換が検討されたことに見られるように、植民地当局の本国政府からの自立がある程度進展した「植民地国家」と呼ぶべき状況が現出した、という主張がある。
  しかし、戦時期に帝国(本国と植民地)総体の政策構築が不可欠とされるなかで、総督府の「独自性」を過大評価することは実態を見誤ることにつながるであろう。その実はというと、帝国への統合が進展し、帝国総体の要請に基づいた朝鮮総督府の「労務供出」と「増産」の2大農村政策は、結局は農村における労働力不足とともに自然災害から来る減産が42年からの3年連続の凶作につながり、それが農民、とくに下層農民の生活破綻をもたらしたのである。
  「(国民総力運動は)上層知識人の者の総督府施政に対する協力体制としての機構となった傾向が強く、朝鮮人民衆各個人の魂のそこより湧き出る自発的振作運動としては尚未だしの憾を有し」「決して成功したとは言い得ない」(大蔵省管理局「日本人の海外活動に関する歴史的調査」朝鮮編第2分冊、50年)と自ら認めたように、総督府の農村収奪政策は朝鮮農村での階級的、民族的矛盾をいっそう深め、日帝の滅亡を早める要因となったのである。(康成銀、朝鮮大学校教授)   [朝鮮新報 2008.9.8]

「農業」は北にはあまり関係ないんだけどな。
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