サクセススト−リ−
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/03/26 05:02 投稿番号: [7234 / 10735]
MSと資本提携の在日韓国人で元ホームレス社長の素顔
「オウケイウェイヴ」兼元社長
事業を成功させ、今は「学校をつくることが夢」と語る兼元社長=東京・恵比寿(クリックで拡大)
ソフトウエア界の“ガリバー”の米マイクロソフト(MS)と、日本の中小インターネット付随サービス会社が業務提携を結び、世間をあっと言わせた。この会社の社長は幼少期には在日韓国人3世を理由にいじめ抜かれ、ホームレスも経験するという壮絶な過去を持つ。波乱の半生を感じさせないほど明るい若手社長が貧困からの脱出、つきまとった差別、そして拝金主義とは正反対の経営哲学を語った。
話題の会社は「オウケイウェイヴ」(東京都渋谷区)。同社の兼元謙任社長(41)は、ネット上で悩みや疑問を投稿すると、他の利用者が回答するQ&Aサイトを運営し、成功を収めた。
MS本体がネット事業分野で日本企業と資本提携するのは初めてのことで、MSが資本の10.52%(約2億6000万円)を出資し、兼元社長と楽天に次ぐ第3位の株主になる。
兼元社長は1966年、名古屋市生まれで愛知県立芸術大卒。97年10月、事業の失敗と仲間の裏切り、妻子の家出で途方に暮れ、名古屋から夜行バスに飛び乗って上京した。そして、2年間に及ぶ、中古ノートパソコン1台だけのホームレス生活が都内で始まった。
「麻布、表参道、新宿の中央公園…。コンビニ、ハンバーガーショップ、中華料理店のゴミ捨て場をめぐって弁当や酒を調達しました。風呂は公園内の水道。公園には屋外コンセントがあってパソコンも使えたのですが、新宿はおしっこ臭くて…。不思議なもので、ずーっとこんな生活だと自分の体臭もそうなって慣れてしまうのです」
ホームレス生活にどっぷり漬かりかけたとき、転機が訪れた。「いくら頑張ったってこんな世の中じゃだめですよ」。知り合った中国人留学生の女性に涙ながらに愚痴をこぼすと、途端に怒鳴りつけられた。
「私は人に言えないような稼ぎ方で這いつくばり、故郷の農村にいる家族は餓死寸前なのに、十分食べているあなたは何が不満なの」
猛烈に働いた。ウェブデザインの仕事を開拓していき、頼まれた2倍の仕事をこなした。月収は手元に1万円だけ残し、残りの30万円は妻に送金した。
ネットで、疑問を相互扶助で解決するシステムができないかと考え、ひらめいたのが「教える」「答える」の頭文字を取った「オーケーウェブ」(現在はオウケイウェイヴ)。会社設立の資金繰りに苦労していると、妻が400万円の貯金通帳を渡してくれた。送金を一切使わず、貯めていてくれたのだ。1999年に設立した会社は、07年6月期には売上高9億1800万円、社員60人の企業に成長していた。年収も「前半の方の数千万円」(兼元社長)
「在日韓国人3世」は気にしていないが、かつては違った。
「会社の設立当初、いろいろインタビューを受けましたが、言えないんです。暗い過去を隠しているうちに体調が悪化してしまい、以後、開き直って全てを話すようにしました」
独特の人生哲学で、仕事は「人のためにやるもの。傍(はた)(周囲の人)を楽にするから、働く」。ブランドで身を固める成金趣味とは一線を画し、腕時計は国産だ。「心をきれいにする」と自宅のトイレ掃除を毎日欠かさない。また、大金を手元に残すと「金魚鉢の水のように腐る」との考えから、日本赤十字社などへの寄付で金に流れを生み出す。MSとの業務提携が決まった後も、「それなりの額」を寄付したという。
>私は人に言えないような稼ぎ方で這いつくばり、故郷の農村にいる家族は餓死寸前なのに、十分食べているあなたは何が不満なの
これ、全ての在日に対して言えますね。(この支那人の商売は?)
「オウケイウェイヴ」兼元社長
事業を成功させ、今は「学校をつくることが夢」と語る兼元社長=東京・恵比寿(クリックで拡大)
ソフトウエア界の“ガリバー”の米マイクロソフト(MS)と、日本の中小インターネット付随サービス会社が業務提携を結び、世間をあっと言わせた。この会社の社長は幼少期には在日韓国人3世を理由にいじめ抜かれ、ホームレスも経験するという壮絶な過去を持つ。波乱の半生を感じさせないほど明るい若手社長が貧困からの脱出、つきまとった差別、そして拝金主義とは正反対の経営哲学を語った。
話題の会社は「オウケイウェイヴ」(東京都渋谷区)。同社の兼元謙任社長(41)は、ネット上で悩みや疑問を投稿すると、他の利用者が回答するQ&Aサイトを運営し、成功を収めた。
MS本体がネット事業分野で日本企業と資本提携するのは初めてのことで、MSが資本の10.52%(約2億6000万円)を出資し、兼元社長と楽天に次ぐ第3位の株主になる。
兼元社長は1966年、名古屋市生まれで愛知県立芸術大卒。97年10月、事業の失敗と仲間の裏切り、妻子の家出で途方に暮れ、名古屋から夜行バスに飛び乗って上京した。そして、2年間に及ぶ、中古ノートパソコン1台だけのホームレス生活が都内で始まった。
「麻布、表参道、新宿の中央公園…。コンビニ、ハンバーガーショップ、中華料理店のゴミ捨て場をめぐって弁当や酒を調達しました。風呂は公園内の水道。公園には屋外コンセントがあってパソコンも使えたのですが、新宿はおしっこ臭くて…。不思議なもので、ずーっとこんな生活だと自分の体臭もそうなって慣れてしまうのです」
ホームレス生活にどっぷり漬かりかけたとき、転機が訪れた。「いくら頑張ったってこんな世の中じゃだめですよ」。知り合った中国人留学生の女性に涙ながらに愚痴をこぼすと、途端に怒鳴りつけられた。
「私は人に言えないような稼ぎ方で這いつくばり、故郷の農村にいる家族は餓死寸前なのに、十分食べているあなたは何が不満なの」
猛烈に働いた。ウェブデザインの仕事を開拓していき、頼まれた2倍の仕事をこなした。月収は手元に1万円だけ残し、残りの30万円は妻に送金した。
ネットで、疑問を相互扶助で解決するシステムができないかと考え、ひらめいたのが「教える」「答える」の頭文字を取った「オーケーウェブ」(現在はオウケイウェイヴ)。会社設立の資金繰りに苦労していると、妻が400万円の貯金通帳を渡してくれた。送金を一切使わず、貯めていてくれたのだ。1999年に設立した会社は、07年6月期には売上高9億1800万円、社員60人の企業に成長していた。年収も「前半の方の数千万円」(兼元社長)
「在日韓国人3世」は気にしていないが、かつては違った。
「会社の設立当初、いろいろインタビューを受けましたが、言えないんです。暗い過去を隠しているうちに体調が悪化してしまい、以後、開き直って全てを話すようにしました」
独特の人生哲学で、仕事は「人のためにやるもの。傍(はた)(周囲の人)を楽にするから、働く」。ブランドで身を固める成金趣味とは一線を画し、腕時計は国産だ。「心をきれいにする」と自宅のトイレ掃除を毎日欠かさない。また、大金を手元に残すと「金魚鉢の水のように腐る」との考えから、日本赤十字社などへの寄付で金に流れを生み出す。MSとの業務提携が決まった後も、「それなりの額」を寄付したという。
>私は人に言えないような稼ぎ方で這いつくばり、故郷の農村にいる家族は餓死寸前なのに、十分食べているあなたは何が不満なの
これ、全ての在日に対して言えますね。(この支那人の商売は?)
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