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大空襲から63年 再追加

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/03/10 17:19 投稿番号: [7090 / 10735]
炎の夜追及の原点
2008年03月10日

  1945年3月10日の東京大空襲で母親ら家族4人を亡くした遺族で、同空襲に関する集団訴訟の原告団事務局次長、斎藤亘弘さん(74)=川崎市在住=が「原点としての東京大空襲」を出版した。自身が深くかかわる東京大空襲訴訟の意義を述べ、実際に空襲を体験した姉の手記も収録した。
(秦忠弘)

  斎藤さんは空襲のとき11歳で、新潟に疎開していたため難を逃れた。しかし、当時、本所区柳原町(現・墨田区江東橋5丁目)の家に住んでいた46歳の母、25歳の長姉、1歳半の姪(めい)、7歳の弟を「炎の夜」に亡くした。疎開先に避難してきた3番目の姉トシ子さんから母の死を知らされ、「少年の私は悲しみの壁に向かってむせび泣きました」(著書から)。

  トシ子さん(現姓福田、82歳)の体験記「母たちの墓標のために」も収録した。

  火を避けようと、川に入っていった長姉とその背におぶられていた姪が浮かび上がってこなかったこと。母が片手に抱いていた末弟は、炎による烈風で母が「あっ」と叫んで手を離した瞬間に水の中へ沈み、それきり浮かんでこなかったこと。筏(いかだ)につかまっていた母もがっくり気落ちし、返事をしなくなったこと――。トシ子さんは当夜、家族と別の場所にいたが、こうした様子を人から教えられたという。

  「母や長姉たち4人を失ったことは、何にもまして悲しいことです。はらわたが断ち切られそうにつらいことです」と、トシ子さんはつづっている。

  斎藤さんは昨年3月、東京大空襲に関し、国に賠償と謝罪を求めて112人が提訴した原告団の一人となった。著書ではこの訴訟についても多くのページを割いた。「凄惨(せい・さん)な東京大空襲の実相を国に認めさせ、戦争を引き起こした政府の責任を追及したい」と訴える。

  昨年9月、トシ子さんの体験記などを収録した自費出版本を知り合いの編集者に送ったところ「後の世代のために新たに出版したら」と勧められ、新たな本として実を結んだ。ロゴス社刊、110ページ、1050円。問い合わせは同社(03・5840・8525)へ。


東京に住んでいたなら、東京大空襲の話、機銃掃射の話を子供の頃必ず聞いた。
この問題に関しては、私はしつこい。
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