朝P、北韓国旅行を宣伝 2
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/03/06 15:16 投稿番号: [6988 / 10735]
開城観光は京畿道坡州市・都羅山(トラサン)の「京義線道路南北出入事務所」から始まります。午前7時頃、ツアーを運営する現代峨山の職員から一日ビザのような出入許可証を受け取り、北朝鮮での注意事項などを聞きます。「新聞、雑誌、携帯電話などは北側に持って行けないので預けてください。民間人や民間人の居住区域は写真撮影禁止です。政治的な話はしないでください。北側では米ドルしか使えないので、ここで両替してください」などなど。あれほど反米を叫びながら、米ドルだけは受け入れているというのも皮肉な話です。開城観光の料金18万ウォンのうち、100ドル相当が北朝鮮側の取り分だそうです。
国際線に乗るときと同じような出国審査を受けた後、バスに乗って非武装地帯の「軍事分界線」を越えます。雪が積もっているので、黄色で塗られているという軍事分界線は確認できませんでした。この日、観光客を乗せたバスは13台。1台は約40人乗りなので、総勢500人の大がかりなツアーです。私が乗ったバスは、全羅南道の麗水など地方から団体できたおばあさんグループ、40代と思われる高校の先生グループで占められていました。車内のモニターから注意事項が放送されると、隣の席のおばあさんは「南側…、北側…」と繰り返しつぶやいていました。南北交流が活発になって以来、北朝鮮の人と対するときは、南韓、北韓という韓国主体の呼称は避け、代わりに「南側」「北側」と呼び合うのがマナーとなっているのです。ワールドカップやオリンピックの実況中継でもアナウンサーは「北側」という言葉を使っていますよね。
軍事分界線を超えていくと北側の出入事務所に到着します。ここからが本当の北朝鮮領。緑色の軍服姿の北側の軍人(役人)は、意外と威圧的ではなく、私が「アンニョンハセヨ」とあいさつすると、少しかたい返事が返ってきます。荷物検査のとき、私のカバンに入っていた開城在住の郷土史学者が書いた『開城の話』という本を、軍人が注意深くチェックしています。北朝鮮よりも韓国で先に出版され話題になった本ですが、無事に通過することができました。他の旅行者のなかでも、一眼レフカメラを持っている人は、やはり入念なチェックを受けていました。これで南と北それぞれの審査が終了。この審査は南と北がまさに2つの国に分断されていることを意識させるものでしたが、「南北出入事務所」が「南北出入“国”事務所」という名称でないのは、分断の固定化をイメージさせる表現を避ける配慮かしら? と考えてしまうのは感傷的過ぎるでしょうか。
北側の審査が終わってバスに戻ると、北側の案内員3名が乗り込んで来ました。いよいよ本格的な北朝鮮観光の始まりです。マイクを握るメインの案内員(38歳)は背の高い美男子。開城出身なので北側のイントネーションが弱く、言葉は聞きとりやすかったです。車窓は南北共同で運営する開城工業団地。北側と言っても近代的な工場施設ばかりが目立つ韓国的な風景です。「ファミリーマート」の店舗も目に入りました。
午前9時。バスは煤けた印象の建物が目立つ町に入りました。北朝鮮の人々が出勤・登校する姿を間近に見ることができます。写真が撮れないのが残念でなりません。美男案内員が開城市内の名所とそこにまつわる民話を語り始めます。その話しぶりには万国共通の中年男性の脂っこさがありましたが、アナウンサーやナレーター顔負けの話の上手さです。野趣あふれる艶笑譚を交えて民話を語るので、地方から来たおばあさんたちは大喜び。美男案内員は北側の流行歌を2曲も披露するサービスぶりで、車内は次第にリラックスした雰囲気になってきました。
若い軍人が約1キロ間隔で警備に立っている畑や山道を通り過ぎ、バスは最初の見学地・朴淵瀑布(滝)に到着します。「案内員とできるだけ気楽に語り合いたいが、何から切り出せばよいものか……」と考えながらバスを降りると、なんと話しかけてきたのは美男案内員のほうでした。
「北韓」なんて言葉、このカテに来る人くらいしか使わないですよ。
勿論、「南朝鮮」という言葉に対抗させて使っているのですがね。
本当に公平な私達。
国際線に乗るときと同じような出国審査を受けた後、バスに乗って非武装地帯の「軍事分界線」を越えます。雪が積もっているので、黄色で塗られているという軍事分界線は確認できませんでした。この日、観光客を乗せたバスは13台。1台は約40人乗りなので、総勢500人の大がかりなツアーです。私が乗ったバスは、全羅南道の麗水など地方から団体できたおばあさんグループ、40代と思われる高校の先生グループで占められていました。車内のモニターから注意事項が放送されると、隣の席のおばあさんは「南側…、北側…」と繰り返しつぶやいていました。南北交流が活発になって以来、北朝鮮の人と対するときは、南韓、北韓という韓国主体の呼称は避け、代わりに「南側」「北側」と呼び合うのがマナーとなっているのです。ワールドカップやオリンピックの実況中継でもアナウンサーは「北側」という言葉を使っていますよね。
軍事分界線を超えていくと北側の出入事務所に到着します。ここからが本当の北朝鮮領。緑色の軍服姿の北側の軍人(役人)は、意外と威圧的ではなく、私が「アンニョンハセヨ」とあいさつすると、少しかたい返事が返ってきます。荷物検査のとき、私のカバンに入っていた開城在住の郷土史学者が書いた『開城の話』という本を、軍人が注意深くチェックしています。北朝鮮よりも韓国で先に出版され話題になった本ですが、無事に通過することができました。他の旅行者のなかでも、一眼レフカメラを持っている人は、やはり入念なチェックを受けていました。これで南と北それぞれの審査が終了。この審査は南と北がまさに2つの国に分断されていることを意識させるものでしたが、「南北出入事務所」が「南北出入“国”事務所」という名称でないのは、分断の固定化をイメージさせる表現を避ける配慮かしら? と考えてしまうのは感傷的過ぎるでしょうか。
北側の審査が終わってバスに戻ると、北側の案内員3名が乗り込んで来ました。いよいよ本格的な北朝鮮観光の始まりです。マイクを握るメインの案内員(38歳)は背の高い美男子。開城出身なので北側のイントネーションが弱く、言葉は聞きとりやすかったです。車窓は南北共同で運営する開城工業団地。北側と言っても近代的な工場施設ばかりが目立つ韓国的な風景です。「ファミリーマート」の店舗も目に入りました。
午前9時。バスは煤けた印象の建物が目立つ町に入りました。北朝鮮の人々が出勤・登校する姿を間近に見ることができます。写真が撮れないのが残念でなりません。美男案内員が開城市内の名所とそこにまつわる民話を語り始めます。その話しぶりには万国共通の中年男性の脂っこさがありましたが、アナウンサーやナレーター顔負けの話の上手さです。野趣あふれる艶笑譚を交えて民話を語るので、地方から来たおばあさんたちは大喜び。美男案内員は北側の流行歌を2曲も披露するサービスぶりで、車内は次第にリラックスした雰囲気になってきました。
若い軍人が約1キロ間隔で警備に立っている畑や山道を通り過ぎ、バスは最初の見学地・朴淵瀑布(滝)に到着します。「案内員とできるだけ気楽に語り合いたいが、何から切り出せばよいものか……」と考えながらバスを降りると、なんと話しかけてきたのは美男案内員のほうでした。
「北韓」なんて言葉、このカテに来る人くらいしか使わないですよ。
勿論、「南朝鮮」という言葉に対抗させて使っているのですがね。
本当に公平な私達。
これは メッセージ 6987 (jgeilsbandfreak さん)への返信です.
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