イルポンにノムタソ記念館があったニダ
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/03/06 14:53 投稿番号: [6986 / 10735]
“弁護士盧武鉉”時代にヨット教えた井上良夫さん
日本の滋賀県大津市に日本人が立てた“盧武鉉大統領記念館”がある。日本最大の湖である琵琶湖畔にあるBSC水上レジャースポーツセンターの建物の1棟が盧大統領記念館だ。スポーツセンター運営者である井上良夫さん(57)が設立した。
記念館内には井上さんと盧前大統領が一緒に撮った写真と盧大統領が書いた手紙やメモ、書類などがガラスの額に入って保管されている。井上さんは盧前大統領がこちらでヨット講習を受けた当時に作成した登録書類のような資料までも宝物のように納めている。先月26日、現地で井上さんに会った。
−−盧前大統領とはどんな縁か?
「1982年、釜山の弁護士だった盧武鉉さん一行がイギリス王立ヨット協会の資格を持つ私にヨットを学びに来ました。1週間という滞在日程に合わせてちょっとタイトな訓練スケジュールを組んだら「私たちはお酒でも飲みながら楽しく過ごそうと来たのに、これはひどい”と2日間何もしないで文句を言っていました(笑)。「それでもここまで来たのだから、ヨットを学びましょう」と説得して、結局、互いに忘れることができない友達になりました。厳格な訓練時間割を見て「まるで軍隊生活みたいだ」と言ったのも記憶に残っています。韓国に帰ってから知人に日本語翻訳を頼み、20ページにもなる手紙を送ってくれました。その方らしくありませんか(笑)。手紙の末尾には「五六(オリュク)島ヨットクラブ会長盧武鉉」と書かれてありました。私はその手紙を“盧前大統領のラブレター”と呼んで大事にしています。その方はその後も何度もヨットを学びに来ました」
−−手紙の内容は?
「“私たちの間に愛情が芽ばえ、帰るときには心残りで足が進まなかった」といった内容でした。韓国に帰った後、6カ月間、日本語の勉強に集中してほとんどマスターしたとも聞きました」
−−記念館はどうして作ったのか。
「その方が大統領になった後、その方との縁を記録として残そうと、ここに残っている資料などを集めて2003年6月、記念館を開きました。これをきっかけに私は韓日青少年交流に力を尽くすと決め、毎年夏の共同キャンプを開いています。韓国の小学生たちが“日本は恐ろしい国だと学んだけど、実際に来てみたらやさしい人も多い”と言ってくれたときは本当にうれしかったです。今後もこうした交流活動を続けるつもりです。妻の桂子(51、写真右上)は、盧前大統領と会ってから韓国語の勉強を始めて、今では日常対話が可能な水準です」
−−5年前、その方が韓国の大統領になったときはどう思ったか。
「知り合いが一国の大統領だって、すごいことではないか。当然気分が良かった。それに2005年、私どもの夫婦を青瓦台に招待してくれて、ありがたく思いました(写真下)。一緒に韓日交流の意味も振り返りました。実は2000年、盧前大統領が海洋水産部の長官になったときには友達が「あの人、いつか大統領になるよ」と言っていたのですが「まさか、ありえないよ」と笑っていたんです。後で本当に大統領になって驚きました」
−−任期を終えた盧前大統領に言いたいことは。
「私にとって盧前大統領は“絶望と挫折の中で生き残る男”です。近いうちにヨット交流として盧前大統領の故郷である金海へ行く予定にしていますが、そのとき、ぜひ会いたい。もう気楽に休んでいいのだから、楽しくヨットに一緒に乗りたいですね。盧前大統領、いかがでしょうか」
中央日報 joins.com
2008.03.06 14:18:13
>2日間何もしないで文句を言っていました
ここ、解りやすい。
日本の滋賀県大津市に日本人が立てた“盧武鉉大統領記念館”がある。日本最大の湖である琵琶湖畔にあるBSC水上レジャースポーツセンターの建物の1棟が盧大統領記念館だ。スポーツセンター運営者である井上良夫さん(57)が設立した。
記念館内には井上さんと盧前大統領が一緒に撮った写真と盧大統領が書いた手紙やメモ、書類などがガラスの額に入って保管されている。井上さんは盧前大統領がこちらでヨット講習を受けた当時に作成した登録書類のような資料までも宝物のように納めている。先月26日、現地で井上さんに会った。
−−盧前大統領とはどんな縁か?
「1982年、釜山の弁護士だった盧武鉉さん一行がイギリス王立ヨット協会の資格を持つ私にヨットを学びに来ました。1週間という滞在日程に合わせてちょっとタイトな訓練スケジュールを組んだら「私たちはお酒でも飲みながら楽しく過ごそうと来たのに、これはひどい”と2日間何もしないで文句を言っていました(笑)。「それでもここまで来たのだから、ヨットを学びましょう」と説得して、結局、互いに忘れることができない友達になりました。厳格な訓練時間割を見て「まるで軍隊生活みたいだ」と言ったのも記憶に残っています。韓国に帰ってから知人に日本語翻訳を頼み、20ページにもなる手紙を送ってくれました。その方らしくありませんか(笑)。手紙の末尾には「五六(オリュク)島ヨットクラブ会長盧武鉉」と書かれてありました。私はその手紙を“盧前大統領のラブレター”と呼んで大事にしています。その方はその後も何度もヨットを学びに来ました」
−−手紙の内容は?
「“私たちの間に愛情が芽ばえ、帰るときには心残りで足が進まなかった」といった内容でした。韓国に帰った後、6カ月間、日本語の勉強に集中してほとんどマスターしたとも聞きました」
−−記念館はどうして作ったのか。
「その方が大統領になった後、その方との縁を記録として残そうと、ここに残っている資料などを集めて2003年6月、記念館を開きました。これをきっかけに私は韓日青少年交流に力を尽くすと決め、毎年夏の共同キャンプを開いています。韓国の小学生たちが“日本は恐ろしい国だと学んだけど、実際に来てみたらやさしい人も多い”と言ってくれたときは本当にうれしかったです。今後もこうした交流活動を続けるつもりです。妻の桂子(51、写真右上)は、盧前大統領と会ってから韓国語の勉強を始めて、今では日常対話が可能な水準です」
−−5年前、その方が韓国の大統領になったときはどう思ったか。
「知り合いが一国の大統領だって、すごいことではないか。当然気分が良かった。それに2005年、私どもの夫婦を青瓦台に招待してくれて、ありがたく思いました(写真下)。一緒に韓日交流の意味も振り返りました。実は2000年、盧前大統領が海洋水産部の長官になったときには友達が「あの人、いつか大統領になるよ」と言っていたのですが「まさか、ありえないよ」と笑っていたんです。後で本当に大統領になって驚きました」
−−任期を終えた盧前大統領に言いたいことは。
「私にとって盧前大統領は“絶望と挫折の中で生き残る男”です。近いうちにヨット交流として盧前大統領の故郷である金海へ行く予定にしていますが、そのとき、ぜひ会いたい。もう気楽に休んでいいのだから、楽しくヨットに一緒に乗りたいですね。盧前大統領、いかがでしょうか」
中央日報 joins.com
2008.03.06 14:18:13
>2日間何もしないで文句を言っていました
ここ、解りやすい。
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