捷径
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/02/14 16:02 投稿番号: [6658 / 10735]
【噴水台】近道
短い距離を移動し目的地に早く到達できる道が近道だ。漢字語で表現すると捷径だ。楚国の詩人だった屈原の作品にこの単語が初めて登場する。しかし、後代に入り、この言葉がさらに広く使われるようになった契機は、別にある。
現在の中国・西安南方にある終南山は、一名南山と呼ばれたりもする。唐代に、盧蔵用いう人がいた。科挙に及第したが、良いポストに登用されなかった同氏は知略を巡らす。一歩ひいて前にさらに進むための術策である。
同氏は、かつても数多くの賢者が隠居した終南山に駆けつける。中国道教の発祥地の一つとされるこの大きな山の中で、同氏は穴倉住まいを始める。案の定。朝廷から人が派遣される。科挙に及第した人が世俗を避けて、山奥に隠居する背景には何かがあるはず、という判断からだ。盧蔵用の計略が的中したわけだ。
彼は結局、女皇帝の武則天(則天武后)時代に官職に就きはじめ、玄宗時代に至っては宰相の職位にまで上がる。一方では、彼と異なる人物がいた。司馬承禎という名前の、この人は本物の隠者だ。玄宗時代に同氏の実力を見ぬいた朝廷が、数回ラブコールを送る。頑なに遠慮するが、結局同氏も長安の宮廷へ向かう。でも何日も耐えられない。
皇帝の繰り返されるひき止めにもかかわらず、彼は再び山中に向かう。司馬を見送る盧蔵用。どこへ行くのかと尋ねる盧蔵用に、司馬は「終南山以外の、遠い山へ行く」と答える。「なぜ終南山ではないか」と尋ねる盧蔵用に帰ってきた司馬の返事は「そこは、もはや仕官の道へ進む近道にすぎないから(終南捷径・しゅうなんしょうけい)」という反問だ。
盧蔵用の顔が赤くならざるを得なかっただろう。このところ、近道を歩く人が多く目につく。大学にいながら常に政権の向背を観察してきた教授から、法曹界など専門職の従事者、マスコミの記者らの影が、その道を常にうろつく。論語には「学問をして余力があれば仕官をする(学而優則仕)」という言葉が出てくる。
皆がそうではないものの、近道を探すこの人達のかつての足跡が特別に優秀とも思えない。一つに集中し、真の実力を育てる格別な努力の代わりに、ヒトリガのような盲目性と軽さだけが感じられる。政治に携わることを大きな成功と見なす人々の思考と行動が、若年層にとって成就の尺度に位置付けられることが恐ろしいだけだ。
韓国の価値第1号、崇礼門(スンレムン、南大門)が燃えてしまった跡が、さらにむなしく思えるばかりである。
中央日報 Jjoins.com
2008.02.14 15:08:41
相変わらずワケの解らない論法ですね。
両班の言うことは我々庶民には理解できません。
朝鮮人ほど頭良くないから。(爆笑)
短い距離を移動し目的地に早く到達できる道が近道だ。漢字語で表現すると捷径だ。楚国の詩人だった屈原の作品にこの単語が初めて登場する。しかし、後代に入り、この言葉がさらに広く使われるようになった契機は、別にある。
現在の中国・西安南方にある終南山は、一名南山と呼ばれたりもする。唐代に、盧蔵用いう人がいた。科挙に及第したが、良いポストに登用されなかった同氏は知略を巡らす。一歩ひいて前にさらに進むための術策である。
同氏は、かつても数多くの賢者が隠居した終南山に駆けつける。中国道教の発祥地の一つとされるこの大きな山の中で、同氏は穴倉住まいを始める。案の定。朝廷から人が派遣される。科挙に及第した人が世俗を避けて、山奥に隠居する背景には何かがあるはず、という判断からだ。盧蔵用の計略が的中したわけだ。
彼は結局、女皇帝の武則天(則天武后)時代に官職に就きはじめ、玄宗時代に至っては宰相の職位にまで上がる。一方では、彼と異なる人物がいた。司馬承禎という名前の、この人は本物の隠者だ。玄宗時代に同氏の実力を見ぬいた朝廷が、数回ラブコールを送る。頑なに遠慮するが、結局同氏も長安の宮廷へ向かう。でも何日も耐えられない。
皇帝の繰り返されるひき止めにもかかわらず、彼は再び山中に向かう。司馬を見送る盧蔵用。どこへ行くのかと尋ねる盧蔵用に、司馬は「終南山以外の、遠い山へ行く」と答える。「なぜ終南山ではないか」と尋ねる盧蔵用に帰ってきた司馬の返事は「そこは、もはや仕官の道へ進む近道にすぎないから(終南捷径・しゅうなんしょうけい)」という反問だ。
盧蔵用の顔が赤くならざるを得なかっただろう。このところ、近道を歩く人が多く目につく。大学にいながら常に政権の向背を観察してきた教授から、法曹界など専門職の従事者、マスコミの記者らの影が、その道を常にうろつく。論語には「学問をして余力があれば仕官をする(学而優則仕)」という言葉が出てくる。
皆がそうではないものの、近道を探すこの人達のかつての足跡が特別に優秀とも思えない。一つに集中し、真の実力を育てる格別な努力の代わりに、ヒトリガのような盲目性と軽さだけが感じられる。政治に携わることを大きな成功と見なす人々の思考と行動が、若年層にとって成就の尺度に位置付けられることが恐ろしいだけだ。
韓国の価値第1号、崇礼門(スンレムン、南大門)が燃えてしまった跡が、さらにむなしく思えるばかりである。
中央日報 Jjoins.com
2008.02.14 15:08:41
相変わらずワケの解らない論法ですね。
両班の言うことは我々庶民には理解できません。
朝鮮人ほど頭良くないから。(爆笑)
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