銀食器はウリナラ起源ニダ
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/01/25 19:50 投稿番号: [6365 / 10735]
「わが家のチョソン」
3年生になって2カ月。先生がこんなことを言いました。
「みなさん、7年前の6月15日に、何があったかわかりますか?」
私はその時まで、自分の誕生日である6月16日には関心があったけれど、その前日が特別な日だとは知りませんでした。
クラスを見渡すと、みんな眉をしかめて考えていました。
「先生、何の日ですか?」
チャンヒやスリョン、みんなが聞きました。
すると、先生はこう言いました。
「7年前の6月15日は、わが民族の北と南の両首脳が平壌で会って、互いに力を合わせて、統一しようと約束した日です。この約束を『北南共同宣言』と言います」
私は驚いて、目が丸くなりました!
北と南が分かれていることは知っていたけれど、そんな約束をしたことは知りませんでした。
なぜだか、心がとても温かくなりました。
みんなも「わぁ!」と歓声を上げ喜びました。
「そして今年は、学校のみんなが一緒にその日を祝うことになりました」
6.15慶祝第2祝祭「ハナ」。この日は、統一の歌コンクールを行い、全校生による手のひらスタンプで統一旗も作り、いろんな民俗の遊びも楽しみ、そしてお昼には、朝鮮料理も食べると聞いて、期待がふくらみました。
けれども、気になるのは、展示会「わが家のチョソン」でした。
家ごとに、朝鮮民族を感じさせるいろんな物を持ち寄り、説明文をつけ、祝祭の日に学校の図書室に展示するのです。
いくら考えても、うちには特別なものがなさそうだったし、オモニや弟のチソクと相談しても、いい案が出てきませんでした。
いつの間にか日は過ぎて、展示品を持っていく朝になりました。
(どうしよう? 今日までなのに…)
私は、朝ごはんの支度をするオモニに「オモニ、何を持っていけばいい?」と聞きました。
しばらくすると、オモニの声が聞こえてきました。
「智南、あったよ! うちの中に!」
「何があったの?」
私は、オモニのもとへ駆けよって聞きました。
オモニの手には、輝く銀食器がありました。それは、私の家族の誕生日に、朝からオモニのおいしい料理がたっぷり盛られる器でした。
私は、それまで誕生日は特別だと知っていたけれど、この銀食器やそこに盛られるわかめスープが、朝鮮民族だけが誕生日にこしらえるものだとは知りませんでした!
(うちには、「朝鮮」を感じられる特別なものはないと思っていたけれど、こんなそばにあったなんて!)
展示会場で見たわが家の銀食器は、格別に輝いて見えました。
6.15祝祭の次の日、9回目の誕生日を迎える朝。食卓には、昨日、展示会で輝いていた銀食器に、わかめスープやおかずが、たっぷり盛られていました。
私の心は、いつになくはずみました。
ただうれしかった誕生日は、私が「チョソンサラム」として生まれた意義深い日! 朝鮮の銀食器とおかずが、私の誕生日を毎年迎えてくれます。
「わが家のチョソン」は、誕生日の朝です。
(京都朝鮮第2初級学校 朴智南)
[朝鮮新報 2008.1.25]
真の「チョソン」に帰りなさいよ。
3年生になって2カ月。先生がこんなことを言いました。
「みなさん、7年前の6月15日に、何があったかわかりますか?」
私はその時まで、自分の誕生日である6月16日には関心があったけれど、その前日が特別な日だとは知りませんでした。
クラスを見渡すと、みんな眉をしかめて考えていました。
「先生、何の日ですか?」
チャンヒやスリョン、みんなが聞きました。
すると、先生はこう言いました。
「7年前の6月15日は、わが民族の北と南の両首脳が平壌で会って、互いに力を合わせて、統一しようと約束した日です。この約束を『北南共同宣言』と言います」
私は驚いて、目が丸くなりました!
北と南が分かれていることは知っていたけれど、そんな約束をしたことは知りませんでした。
なぜだか、心がとても温かくなりました。
みんなも「わぁ!」と歓声を上げ喜びました。
「そして今年は、学校のみんなが一緒にその日を祝うことになりました」
6.15慶祝第2祝祭「ハナ」。この日は、統一の歌コンクールを行い、全校生による手のひらスタンプで統一旗も作り、いろんな民俗の遊びも楽しみ、そしてお昼には、朝鮮料理も食べると聞いて、期待がふくらみました。
けれども、気になるのは、展示会「わが家のチョソン」でした。
家ごとに、朝鮮民族を感じさせるいろんな物を持ち寄り、説明文をつけ、祝祭の日に学校の図書室に展示するのです。
いくら考えても、うちには特別なものがなさそうだったし、オモニや弟のチソクと相談しても、いい案が出てきませんでした。
いつの間にか日は過ぎて、展示品を持っていく朝になりました。
(どうしよう? 今日までなのに…)
私は、朝ごはんの支度をするオモニに「オモニ、何を持っていけばいい?」と聞きました。
しばらくすると、オモニの声が聞こえてきました。
「智南、あったよ! うちの中に!」
「何があったの?」
私は、オモニのもとへ駆けよって聞きました。
オモニの手には、輝く銀食器がありました。それは、私の家族の誕生日に、朝からオモニのおいしい料理がたっぷり盛られる器でした。
私は、それまで誕生日は特別だと知っていたけれど、この銀食器やそこに盛られるわかめスープが、朝鮮民族だけが誕生日にこしらえるものだとは知りませんでした!
(うちには、「朝鮮」を感じられる特別なものはないと思っていたけれど、こんなそばにあったなんて!)
展示会場で見たわが家の銀食器は、格別に輝いて見えました。
6.15祝祭の次の日、9回目の誕生日を迎える朝。食卓には、昨日、展示会で輝いていた銀食器に、わかめスープやおかずが、たっぷり盛られていました。
私の心は、いつになくはずみました。
ただうれしかった誕生日は、私が「チョソンサラム」として生まれた意義深い日! 朝鮮の銀食器とおかずが、私の誕生日を毎年迎えてくれます。
「わが家のチョソン」は、誕生日の朝です。
(京都朝鮮第2初級学校 朴智南)
[朝鮮新報 2008.1.25]
真の「チョソン」に帰りなさいよ。
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