ウリは世界に羽ばたくニダ
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2008/01/13 16:41 投稿番号: [6196 / 10735]
記事入力 : 2008/01/13 13:47:15
【萬物相】海外ボランティア活動
昨年10月、ワシントン近郊のホテルに、60代から70代の米国人約50人が集まった。彼らは1967年から69年、韓国で英語を教えるボランティア活動に従事した平和奉仕団員たちだった。韓国派遣40周年を記念して開かれたパーティーで、彼らは『山うさぎ』『アリラン』『黄色いシャツの男』といった韓国の歌を歌って当時を懐かしんだ。パーティーは当時の駐韓米国副大使だったクリステンソン氏が主催し、シカゴ大のブルース・カーマンス教授も出席した。
平和奉仕団員たちの間で、韓国は最も活動しにくい国の一つと言われていた。米国の若者たちにとって韓国語はあまりにも難しく、韓国文化にも溶け込めなかったためだ。しかも韓国は、派遣対象国の中で最も寒い国だった。それにもかかわらず、68年から81年にかけ、3200人もの若者が韓国で活動した。在韓米国大使館が彼らの韓国での生活をサポートすることはなく、彼らは派遣先の学校の校長や保健所の指示に従って活動した。米軍基地内の売店への出入りも禁止された。だが、そうして韓国社会の中でもまれるうちに、韓国のさまざまな文化を体験し、韓国に対する理解を深めていった。
平和奉仕団は1961年、ケネディ大統領が創設した。大統領選の遊説の際、「開発途上国でのボランティア活動を通じて、世界平和に貢献しよう」と提案した彼が、就任後に平和奉仕団を創設したのだった。一時は米国国内では「兵役逃れのための手段」と言われ、派遣先では「スパイ」の疑いをかけられた。だが、平和奉仕団は米国の若者たちの目を開かせ、広い世界があることを知らしめ、奉仕の心を芽生えさせたのだった。これまでに19万人の若者たちが世界140カ国で活動した。現在も約70カ国で8000人が活動している。
平和奉仕団はやがて、国際感覚を持った米国のエリートを育成する機関としての役割も持つようになった。駐韓米国大使を務めたクリストファー・ヒル国務次官補はカメルーンで、旧日本軍による「従軍慰安婦」の強制動員を非難する決議を主導したマイケル・ホンダ下院議員はエルサルバドルで、それぞれ平和奉仕団員として活動した。また、次期駐韓米国大使にこのほど内定した国務省のキャサリン・スティーブンス元副次官補(東アジア・太平洋担当)も、1975年から2年間、韓国で平和奉仕団員として活動した。彼女は忠清南道扶余郡で英語を教え、その後在韓米国大使館で外務公務員採用試験を受験し合格したという。
外国を深く理解できる専門家は、一朝一夕には育たないものだ。韓国でも国際協力団(KOICA)を通じて海外でボランティア活動に従事している若者たちが1000人ほどいる。また民間団体を通じて、あるいは個人的にボランティア活動に従事している若者たちも少なくない。海外への援助と合わせ、国際社会に貢献する重要な活動だ。学校の教室では決して育成できない国際人を養成する機関ともいえる。韓国でも海外でのボランティア活動が活発になれば、多くの人がその経験を土台として国際感覚を磨き、外交官やエリートとして世界に羽ばたく日が来ることだろう。
姜仁仙(カン・インソン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
スゴイですね。
ホルホルですね。
未来はバラ色ですね。
【萬物相】海外ボランティア活動
昨年10月、ワシントン近郊のホテルに、60代から70代の米国人約50人が集まった。彼らは1967年から69年、韓国で英語を教えるボランティア活動に従事した平和奉仕団員たちだった。韓国派遣40周年を記念して開かれたパーティーで、彼らは『山うさぎ』『アリラン』『黄色いシャツの男』といった韓国の歌を歌って当時を懐かしんだ。パーティーは当時の駐韓米国副大使だったクリステンソン氏が主催し、シカゴ大のブルース・カーマンス教授も出席した。
平和奉仕団員たちの間で、韓国は最も活動しにくい国の一つと言われていた。米国の若者たちにとって韓国語はあまりにも難しく、韓国文化にも溶け込めなかったためだ。しかも韓国は、派遣対象国の中で最も寒い国だった。それにもかかわらず、68年から81年にかけ、3200人もの若者が韓国で活動した。在韓米国大使館が彼らの韓国での生活をサポートすることはなく、彼らは派遣先の学校の校長や保健所の指示に従って活動した。米軍基地内の売店への出入りも禁止された。だが、そうして韓国社会の中でもまれるうちに、韓国のさまざまな文化を体験し、韓国に対する理解を深めていった。
平和奉仕団は1961年、ケネディ大統領が創設した。大統領選の遊説の際、「開発途上国でのボランティア活動を通じて、世界平和に貢献しよう」と提案した彼が、就任後に平和奉仕団を創設したのだった。一時は米国国内では「兵役逃れのための手段」と言われ、派遣先では「スパイ」の疑いをかけられた。だが、平和奉仕団は米国の若者たちの目を開かせ、広い世界があることを知らしめ、奉仕の心を芽生えさせたのだった。これまでに19万人の若者たちが世界140カ国で活動した。現在も約70カ国で8000人が活動している。
平和奉仕団はやがて、国際感覚を持った米国のエリートを育成する機関としての役割も持つようになった。駐韓米国大使を務めたクリストファー・ヒル国務次官補はカメルーンで、旧日本軍による「従軍慰安婦」の強制動員を非難する決議を主導したマイケル・ホンダ下院議員はエルサルバドルで、それぞれ平和奉仕団員として活動した。また、次期駐韓米国大使にこのほど内定した国務省のキャサリン・スティーブンス元副次官補(東アジア・太平洋担当)も、1975年から2年間、韓国で平和奉仕団員として活動した。彼女は忠清南道扶余郡で英語を教え、その後在韓米国大使館で外務公務員採用試験を受験し合格したという。
外国を深く理解できる専門家は、一朝一夕には育たないものだ。韓国でも国際協力団(KOICA)を通じて海外でボランティア活動に従事している若者たちが1000人ほどいる。また民間団体を通じて、あるいは個人的にボランティア活動に従事している若者たちも少なくない。海外への援助と合わせ、国際社会に貢献する重要な活動だ。学校の教室では決して育成できない国際人を養成する機関ともいえる。韓国でも海外でのボランティア活動が活発になれば、多くの人がその経験を土台として国際感覚を磨き、外交官やエリートとして世界に羽ばたく日が来ることだろう。
姜仁仙(カン・インソン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
スゴイですね。
ホルホルですね。
未来はバラ色ですね。
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