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隣人について偽証してはならない

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2007/12/31 06:52 投稿番号: [6094 / 10735]
できることなら美しいうそを   事件と世相にみる1年

  窓の外。寒々とした木立の枝先に数枚の枯れ葉が散り残っています。米国の作家O(オー)・ヘンリー(1862‐1910)の短編小説「最後の一葉」を思い出しました。
  肺炎を病んで生きる気力を失い、床に横たわる若い女性、ジョンジー。窓の外のれんが壁に、ツタの葉が5枚残っている。
  「最後の1枚が散るとき、私も死んでしまうの…」。彼女は、そう信じている。その夜、雪交じりの冷たい雨が降り続いた。
  ところが、朝起きると最後の1枚が残っていた。さらに、翌日の朝も。ジョンジーは、生きる力を取り戻す。
  その1枚の葉は、同じアパートの住人で、うだつの上がらない老画家ベールマンが風雨に打たれながら命と引き換えに描いた、最後の作品だった。
  本物に見えた葉は、人に生きる勇気を与える「美しいうそ」でした。もし世の中のうそが皆、こんなうそだけだったら、どんなにいいでしょう。

偽ってはならぬ

  しかし、残念なことに現実の社会はそうではありません。
  「あなたは隣人について偽証してはならない」
  これは旧約聖書にあるモーゼの十戒の1つですが、「偽ってはならぬ」という戒めは、民族や宗教、時代を超えた普遍的な道徳律と言えるでしょう。そう、物心が付いたころに親からまず諭されたのが、この戒めでしたね。
  「偽」の字をへんとつくりに分けると「人」と「為」からできているように、偽ることの本質は人為的だという点にあります。
  そして、偽ること自体は、頭脳の働きの1つとしてはなかなか高級なものなのです。あたかも本物のようにみせかけてこしらえることが「偽る」ことなのですから。

性善説と性悪説

  ベールマン老人が風雨の中でれんが壁に描いた葉の絵のように、芸術とは「偽る」という人為の中でも至高の形態かもしれませんね。
  虚実を見極めながら心を込めて造形しなくては、「こしらえもの」で人を感動させることなど決してできないでしょうから。
  本質的には同じ「偽る」ことに始まっても、優れた芸術は人々に末永く愛されるし、偽装表示のようなずるいことをすれば、冷たい視線を浴びてしまいます。
  「孟子の性善説と荀子の性悪説はどっちが正しい?」
  トルストイの研究家・翻訳家として活躍した北御門二郎さん(故人)は少年期、祖母にこう尋ねたときのことを、本紙に連載された聞き書き「くもの糸」で語っています。
  孫からの難問に、彼女は「人間の性は自由」と応じました。「人間は善にも悪にもなりうる」「善悪は人間の努力次第」。こうした明快な発想による答えでした。
  偽ることを利他的に高めれば善にも芸術にもなり、逆に利己的な目的で偽ったときには悪にも犯罪にもなるということなのでしょう。
  あきれ、憤慨し、考えさせられもした今年が過ぎ行こうとしています。

=2007/12/31付 西日本新聞朝刊=

>「あなたは隣人について偽証してはならない」
  これは旧約聖書にあるモーゼの十戒の1つですが、「偽ってはならぬ」という戒めは、民族や宗教、時代を超えた普遍的な道徳律と言えるでしょう。そう、物心が付いたころに親からまず諭されたのが、この戒めでしたね。

特アに言いなさいよ。
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