朝鮮民族

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ウリ達は毎日がお祭りニダ

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/08/26 17:39 投稿番号: [4966 / 10735]
  江原道の田舎で生まれ、京畿道の郊外で育ち、今もソウルの下町で暮らす生来の庶民派だからか、私は今も市場が大好きです。子供の頃、母と手をつないで行った市場は楽しい思い出ばかり。魚を上手にさばくおばちゃん、白菜が山のように積み上げられた八百屋、香ばしい匂いを数メートル先まで漂わせていたゴマ油屋、赤い蛍光灯で照らされた肉を取り出して新聞に包んでくれた精肉店、鶏の泣き声が悲しく聞こえた鶏屋、「いい子だねぇ」と言いながら赤いリンゴを包んでくれた果物屋のおばあちゃん、いつも蒸し器の湯気でいっぱいだった餅屋、歌や踊りで客寄せして薬や菓子を売っていた露天商など……。

名物の塩辛で町おこしに成功した忠清南道の江景市場は、モダンなデザインの典型的な例

最近、地方でよく見られるアーケード式の市場。写真は江原道の束草中央市場

ソウルから小1時間で行ける京畿道城南市の「牡丹民俗市場」は「4」と「9」が付く日にだけ開かれる五日市

常設店舗と露天商がごっちゃになっている昔ながらの市場の姿。写真は釜山の八道市場

釜山の亀浦市場はアーケード式に改装されてしまったが、昔の建物がそのまま残っているのが救いだ

  母と市場の商人とのやりとりも懐かしいです。行きつけの店で冗談を言いながら負けてもらったり、おまけを付けてもらったりする風景がとてもあたたかいものに感じられました。私の母は朝鮮戦争のときに北側から避難してきた苦労人だったので、やりくり上手だったのですね。買い物カゴが重くなるほど、市場の帰り道は心が豊かになりました。そんな思い出があるからでしょうか。大人になってからも、当時の情緒を求めて地方の市場を歩いています。現地の味や趣を感じるのに市場ほどよいところはないからです。

  ところが、そんな市場の姿が最近変わりつつあります。今、私の家の窓を開けると、マンション建築工事の真っ最中です。それまでそこは小さな市場で、私の好きなデポチプ(マッコルリ酒場)があったところです。韓国の市場の衰退は大型ディスカウントショップやショッピングモールなどの出現によって始まりました。市場のかたちは残っていてもシャッターを閉めている店が目立っています。その傾向はソウルなどの都市部より、地方でもっと顕著です。

  そんななか、2006年に「在来市場及び商店街育成のための特別法」が公布され、在来市場の活性化が進められています。日本の駅前商店街によく見られる、天井部を覆うアーケード式の市場が増えているのはその効果なのですね。確かに機能的ではあるのでしょうが、私にとってはうれしい変化とはいえません。在来市場には、画一化された大型ディスカウントショップやショッピングモールにはない、さまざまな表情や情緒があります。しかも、それは地方ごとにそれぞれ多彩な顔をもっています。そのことを意識せず、ただきれいな屋根を付け、店ごとに統一デザインの看板を付けるようなことは、かえって興ざめなのです。

  今でも昔ながらの市場の姿をとどめているのは、五日市(オイルジャン)と呼ばれる5日ごとに開かれる市場かもしれません。決められた場所に許可された店が出るだけではなく、周辺の農家からやってきたおばあさんが地べたに1メートル四方の空間を確保して、自分で育てた穀物を売る姿を見ることができます。また、ピエロのような扮装をして歌や踊りで見物客を集め、飴を売るヨッチャンスの姿も見られます。

  以前、韓国を訪れた日本の知人から、「韓国には日本のような祭りは必要ないですね。市場では毎日祭りをやっているようなものじゃないですか」と言われたことがあります。活性化するにしても、もう少し昔のひなびた雰囲気を残し、その地域の個性を生かすよう工夫すれば、韓国の市場はまさに毎日が祭りの場であり続けられると思います。


朝鮮の祭りは「火祭り」
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