同胞に騙された人を癒すニダ
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/02/11 11:07 投稿番号: [4202 / 10735]
記事入力 : 2007/02/11 10:00
崩れ去ったコリアン・ドリーム
韓国人牧師、中国朝鮮族のために支援施設運営
中国吉林省延辺朝鮮族自治州の延吉国際空港から車で20分のところにある、朝鮮族の集落「希望福祉村」。大豆、白菜、トウモロコシなどの畑を眺めながら村内に入っていくと、トタン葺きの大きな門の向こうに赤レンガの建物5棟が4、5メートル間隔で建ち並んでいる。その中の1つ、20坪(約66平方メートル)ほどの部屋には、小型テレビや足の不自由な人のための専用の食卓を除けば、家財道具が1つもない。記者は先月末、この部屋に住むカン・ソンオクさん(44)に会った。18歳になる一人娘とともにこの村に住み、他の村で家政婦の仕事をしながら生計を立てている彼女は面長で、目元や口元には深いしわが刻まれていた。
夫とともにロシアで担ぎ屋をしていたカンさんは1992年、6カ月分の生活費に相当する額のお金を借り、夫を韓国へ送り出した。ところが夫はニセ韓国人ブローカーに騙され、お金を踏み倒されて中国へ戻ってきた。それでも借金を返すため、夫は99年に再び韓国へわたったが、またもや詐欺の被害に遭い、家までも売るはめになった。こうして二度だまされながらも、「コリアン・ドリーム」を捨て切れなかった夫は、2000年にまた韓国へ向かったが、02年のクリスマスに末期の肝臓ガンという診断を受け、中国へ戻ってきた。
「恨みは山ほどありますよ。何で韓国へ行こうとしたのか。いっそのこと、あのままロシアで仕事を続けていたら、今ごろお金持ちになっていただろうに…」と、物静かだったカンさんが次第に声を震わせ、目頭を熱くした。
この「希望福祉村」には、カンさんのような境遇の人たちが多く住んでいる。さまざまな理由を抱え、延辺地域で行商や単純労働をしている人や、お金を稼ごうと韓国へわたったものの失敗して中国へ戻り、行き場がなくてこの村へやってきた人たちなどだ。5棟の建物には10世帯が住んでおり、村全体で50世帯、約200人が暮らしている。
「希望福祉村」は、韓国人のイ・ユンシク牧師(67)が会長を務める社会福祉法人「延辺希望福祉実業有限公司」が1998年に4万坪(約13万平方メートル)の敷地を購入して建設に着手し、00年から住民の受け入れを始めた。
記者はもう1人の住人、リ・スンジャさん(74)にも事情を伺った。リさんもまた、「コリアン・ドリーム」にはまった息子たちと離れてここへやって来たという。リさんは銀行員の次男と一緒に住んでいたが、92年に韓国へわたった次男が韓国人ブローカーから詐欺の被害に遭ったため、末っ子の家に引っ越した。だが、その末っ子も韓国へ行ってしまい、01年に嫁や孫娘とともに「希望福祉村」に来たというのだ。
他にも先天性の脊椎の病気で寝たきり状態のパク・ジンソンさん(46)は、同じ病気で腰を伸ばすことができない母親とともにこの村へやって来た。また、昨年末に韓国から戻り、この村へやって来たキム・ハッキュさん(46)は、いつも右手をポケットに入れていた。工場で働いていた時に負傷し、指を3本失ったためだ。補償も十分に受けられなかったキムさんは今や、「韓国人が怖い」と言う。
「希望福祉村」はこのように生活が苦しい朝鮮族たちに無料で住居スペースを提供し、障害を持つ人たちにはわずかながらに生活費の支援も行っているが、収入源不足で運営は困難を極めている。さらに50世帯の入居を目標に建設に着手した建物も、資金不足で工事が中断している。
イ・ユンシク牧師は「韓国人が同じ民族(朝鮮族)に対して犯した過ちを少しでも償いたいという思いから、希望福祉村を運営している」と語った。
延吉=オ・ユンヒ記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
>ニセ韓国人ブローカー
こういう「括り」があるのか?
正体は何か?
崩れ去ったコリアン・ドリーム
韓国人牧師、中国朝鮮族のために支援施設運営
中国吉林省延辺朝鮮族自治州の延吉国際空港から車で20分のところにある、朝鮮族の集落「希望福祉村」。大豆、白菜、トウモロコシなどの畑を眺めながら村内に入っていくと、トタン葺きの大きな門の向こうに赤レンガの建物5棟が4、5メートル間隔で建ち並んでいる。その中の1つ、20坪(約66平方メートル)ほどの部屋には、小型テレビや足の不自由な人のための専用の食卓を除けば、家財道具が1つもない。記者は先月末、この部屋に住むカン・ソンオクさん(44)に会った。18歳になる一人娘とともにこの村に住み、他の村で家政婦の仕事をしながら生計を立てている彼女は面長で、目元や口元には深いしわが刻まれていた。
夫とともにロシアで担ぎ屋をしていたカンさんは1992年、6カ月分の生活費に相当する額のお金を借り、夫を韓国へ送り出した。ところが夫はニセ韓国人ブローカーに騙され、お金を踏み倒されて中国へ戻ってきた。それでも借金を返すため、夫は99年に再び韓国へわたったが、またもや詐欺の被害に遭い、家までも売るはめになった。こうして二度だまされながらも、「コリアン・ドリーム」を捨て切れなかった夫は、2000年にまた韓国へ向かったが、02年のクリスマスに末期の肝臓ガンという診断を受け、中国へ戻ってきた。
「恨みは山ほどありますよ。何で韓国へ行こうとしたのか。いっそのこと、あのままロシアで仕事を続けていたら、今ごろお金持ちになっていただろうに…」と、物静かだったカンさんが次第に声を震わせ、目頭を熱くした。
この「希望福祉村」には、カンさんのような境遇の人たちが多く住んでいる。さまざまな理由を抱え、延辺地域で行商や単純労働をしている人や、お金を稼ごうと韓国へわたったものの失敗して中国へ戻り、行き場がなくてこの村へやってきた人たちなどだ。5棟の建物には10世帯が住んでおり、村全体で50世帯、約200人が暮らしている。
「希望福祉村」は、韓国人のイ・ユンシク牧師(67)が会長を務める社会福祉法人「延辺希望福祉実業有限公司」が1998年に4万坪(約13万平方メートル)の敷地を購入して建設に着手し、00年から住民の受け入れを始めた。
記者はもう1人の住人、リ・スンジャさん(74)にも事情を伺った。リさんもまた、「コリアン・ドリーム」にはまった息子たちと離れてここへやって来たという。リさんは銀行員の次男と一緒に住んでいたが、92年に韓国へわたった次男が韓国人ブローカーから詐欺の被害に遭ったため、末っ子の家に引っ越した。だが、その末っ子も韓国へ行ってしまい、01年に嫁や孫娘とともに「希望福祉村」に来たというのだ。
他にも先天性の脊椎の病気で寝たきり状態のパク・ジンソンさん(46)は、同じ病気で腰を伸ばすことができない母親とともにこの村へやって来た。また、昨年末に韓国から戻り、この村へやって来たキム・ハッキュさん(46)は、いつも右手をポケットに入れていた。工場で働いていた時に負傷し、指を3本失ったためだ。補償も十分に受けられなかったキムさんは今や、「韓国人が怖い」と言う。
「希望福祉村」はこのように生活が苦しい朝鮮族たちに無料で住居スペースを提供し、障害を持つ人たちにはわずかながらに生活費の支援も行っているが、収入源不足で運営は困難を極めている。さらに50世帯の入居を目標に建設に着手した建物も、資金不足で工事が中断している。
イ・ユンシク牧師は「韓国人が同じ民族(朝鮮族)に対して犯した過ちを少しでも償いたいという思いから、希望福祉村を運営している」と語った。
延吉=オ・ユンヒ記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
>ニセ韓国人ブローカー
こういう「括り」があるのか?
正体は何か?
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