「韓流民族主義」を否定しては駄目ニダ
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/02/10 12:35 投稿番号: [4199 / 10735]
パク・ジニョン氏の「韓流民族主義」…‘ない’の反論に再反論
パク・ジニョン氏の発言は何も新しいものではない。 彼が主張した内容よりも、その話をした状況が論議に火をつけたのではないか。 世界大衆文化の本山である米国、それもハーバード大学での講演を控えて韓流を批判したのが、あたかも祖国を裏切る行為のように映ったのではないだろうか。
私はそうだと考えている。 「韓流と民族主義」という設定自体が国粋主義観点の産物でもある。 脈絡はこうだ。 韓国が他国と戦争する場合、民族主義は最も現実的で合理的な主張でありうる。 FTAを経済的侵攻と見て民族主義を取り上げると、半分の同意を受ける。 しかし韓国女性と白人男性が結婚する場合に民族主義を考えると、‘旧韓国末の斥邪派だ’という声を聞く。
なら、韓国の大衆文化がアジアに輸出される場合に民族主義を考える人は? それは一度も世界の中心部を経験せず、、外侵と逼迫の歴史を抱える国の平均的な国民情緒を持った人だ。 同時に貧困に勝つために経済成長を戦争のように遂行してきた人だ。 その人たちにとって文化は経済であり、経済は戦争である。 このため文化民族主義は経済民族主義ほどに魅惑的に聞こえる。
しかし戦争と経済と文化には差がある。 戦争は勝敗だけがあるが、経済は交換があり、文化は疎通がある。 韓流に民族主義を考える人は、この差に鈍感であり、あらゆるものを戦争に還元する人、すなわち国粋主義者だ。
パク・ジニョン氏は私たちの日常の中の国粋主義を批判しているようだ。 彼の主張を生産的に続けるには、主題も「韓流の性格」ではなく「韓国社会の国粋主義的情緒と国際化」にならなければならない。 「韓流と民族主義」という主題は、血統に対する私たちの執着がどれほど執拗かを改めて実感させる。
01年から韓流を学術的に眺望しながら、より落ち着いた解釈が出てきた。 ジョハンセジョン延世(ヨンセ)大教授は韓流に関する観点を文化民族主義、新自由主義、脱植民主義の3つに類型化した。
文化民族主義は、韓流を韓国大衆文化の成果と見て、文化的アイデンティティーの確立を強調する。 新自由主義は、韓国大衆文化を米国大衆文化の複写版と見ているが、文化的アイデンティティーよりも商業的競争力が重要というものだ。 この2つの観点は韓流を産業的レベルで見ている。 政府・メディアが主導して大多数が共有したこの観点は、経済民族主義を大衆文化産業に適用したのと変わらない。
これに対する批判として提起されたのが脱植民主義だ。 この観点は、韓流を韓国文化の優秀性とは距離がある、世界の資本主義化と近代化の過程の特殊な局地的現象と見る。 このため韓国文化の優秀性と経済的利益だけに没入せず、文化を通したアジア連帯の契機にすることを強調した。 米国の独走に抵抗するアジア文化ブロックを作ろうという主張もあった。
パク・ジニョン氏の指摘は韓流談論の欠乏を指摘する、この少数の主張と脈を一にする。 こうした点でパク氏の話は、私たちの社会の民族主義狂風とそこに巻き込まれて流れる韓流に対する省察を刺激するもののように思われる。 米国進出を目の前に控える歌手ピ(Rain)を育てた企画者として彼の欲望が何であるかに関係なく。
ナム・ジェイル文化評論家
2007.02.10 11:36:36
だから「韓流」消滅と聞くと脊髄反射するのか。
可哀相だが同情はしないよ。
パク・ジニョン氏の発言は何も新しいものではない。 彼が主張した内容よりも、その話をした状況が論議に火をつけたのではないか。 世界大衆文化の本山である米国、それもハーバード大学での講演を控えて韓流を批判したのが、あたかも祖国を裏切る行為のように映ったのではないだろうか。
私はそうだと考えている。 「韓流と民族主義」という設定自体が国粋主義観点の産物でもある。 脈絡はこうだ。 韓国が他国と戦争する場合、民族主義は最も現実的で合理的な主張でありうる。 FTAを経済的侵攻と見て民族主義を取り上げると、半分の同意を受ける。 しかし韓国女性と白人男性が結婚する場合に民族主義を考えると、‘旧韓国末の斥邪派だ’という声を聞く。
なら、韓国の大衆文化がアジアに輸出される場合に民族主義を考える人は? それは一度も世界の中心部を経験せず、、外侵と逼迫の歴史を抱える国の平均的な国民情緒を持った人だ。 同時に貧困に勝つために経済成長を戦争のように遂行してきた人だ。 その人たちにとって文化は経済であり、経済は戦争である。 このため文化民族主義は経済民族主義ほどに魅惑的に聞こえる。
しかし戦争と経済と文化には差がある。 戦争は勝敗だけがあるが、経済は交換があり、文化は疎通がある。 韓流に民族主義を考える人は、この差に鈍感であり、あらゆるものを戦争に還元する人、すなわち国粋主義者だ。
パク・ジニョン氏は私たちの日常の中の国粋主義を批判しているようだ。 彼の主張を生産的に続けるには、主題も「韓流の性格」ではなく「韓国社会の国粋主義的情緒と国際化」にならなければならない。 「韓流と民族主義」という主題は、血統に対する私たちの執着がどれほど執拗かを改めて実感させる。
01年から韓流を学術的に眺望しながら、より落ち着いた解釈が出てきた。 ジョハンセジョン延世(ヨンセ)大教授は韓流に関する観点を文化民族主義、新自由主義、脱植民主義の3つに類型化した。
文化民族主義は、韓流を韓国大衆文化の成果と見て、文化的アイデンティティーの確立を強調する。 新自由主義は、韓国大衆文化を米国大衆文化の複写版と見ているが、文化的アイデンティティーよりも商業的競争力が重要というものだ。 この2つの観点は韓流を産業的レベルで見ている。 政府・メディアが主導して大多数が共有したこの観点は、経済民族主義を大衆文化産業に適用したのと変わらない。
これに対する批判として提起されたのが脱植民主義だ。 この観点は、韓流を韓国文化の優秀性とは距離がある、世界の資本主義化と近代化の過程の特殊な局地的現象と見る。 このため韓国文化の優秀性と経済的利益だけに没入せず、文化を通したアジア連帯の契機にすることを強調した。 米国の独走に抵抗するアジア文化ブロックを作ろうという主張もあった。
パク・ジニョン氏の指摘は韓流談論の欠乏を指摘する、この少数の主張と脈を一にする。 こうした点でパク氏の話は、私たちの社会の民族主義狂風とそこに巻き込まれて流れる韓流に対する省察を刺激するもののように思われる。 米国進出を目の前に控える歌手ピ(Rain)を育てた企画者として彼の欲望が何であるかに関係なく。
ナム・ジェイル文化評論家
2007.02.10 11:36:36
だから「韓流」消滅と聞くと脊髄反射するのか。
可哀相だが同情はしないよ。
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