無能ゆえに悲しい大統領
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2007/01/15 22:48 投稿番号: [4046 / 10735]
記事入力 : 2007/01/15 18:59
【コラム】無能ゆえに悲しい大統領
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が11日、再任を可能とする大統領任期4年制を含む憲法改正案について、記者会見を行った。会見の様子を見ていうち、一抹の悲しさを感じざるを得なかった。
盧武鉉大統領が「任期短縮しない」とか、「政略的な目的による提案ではない」と繰り返して強調する様子は、「国民と大統領の間には基本的な信頼も存在していない」と告白しているかのようだった。
大統領の秘書官たちは今後、テレビやラジオの番組に出演し、憲法改正の広報を繰り広げるという。この広報作戦により、国民との間の不信の溝を埋めることができるだろうか。
第2次世界大戦直後の約2年半にわたり、米国のハリー・トルーマン大統領(当時)はすべてのラジオ局を通じ、夕刻に政策広報を8回にわたって行ったが、聴取率は常に30−40%台を推移した。しかし一度だけ57%の聴取率を記録したことがあった。それはトルーマン大統領が肉類価格の統制を解除すると発表した時のことだ。
政治学者リチャード・ニュースタートは「大統領の演説を聴く人の数は、その時に国民が何を考えているかで決まる」とした。大統領の話が説得力を持つかどうかは、国民の抱えている問題をどれほど的確に取り上げるかによって決まるということだ。また国民は、大統領に演説内容を実行に移すだけの能力があると信じられなければ、その内容に関心を向けないという。つまり広報の手段や量が問題ではないのだ。
世の中のすべての大統領は好意と期待の中で就任する。いくら反対勢力が強かったとしても、彼が大統領になることを望む人のほうが多くなければ、当選することはないからだ。
だが大統領など取るに足らない職だといった態度を見せたとき、その状況は180度変わってしまう。米国で「怠慢で無能な大統領」の代表例とされるウィリアム・ハワード・タフト大統領(当時)が、そうした失敗を犯した一人だ。
前任のセオドア・ルーズベルト大統領の大々的な支援により当選したタフト大統領は大統領としての任務にさほど熱意を抱いていなかった。機会があるごとに「本当は最高裁判長になりたかった」と語った。ニューヨークタイムズのジョン・ネーター記者が「タフト大統領はまるでだまされて無理やり大統領にしたてあげられたかのように行動した」と評したほどだった。
タフトはしばしば「米国には自分を嫌っている人が多すぎる」と不平を漏らした。実際にタフト大統領の胸の内がどうだったかは知るよしもないが、任期満了語に再選に挑戦して失敗したのを見ると、大統領としての地位に全くこだわりがなかったわけでもなかった。
大統領が国民の信頼を一気に失うもう一つのシナリオは、「今この時、この場所で重要なこと」を無視する場合だ。政治家は20年後ではなく、現在のために存在する。
タフト大統領と同じく失敗した大統領として米国史に残るジミー・カーター大統領(当時)は高い理想を追求したものの、肝心の国民生活の質を向上させることには無力だった。自分だけが未来を見通せるかのように独善的な振る舞いを見せた。
再選に挑戦したが、国民から無能との審判を受けたカーター大統領は、それでも国民に認めてもらうことを望んだ。次期大統領の就任式を数日後に控え、あえて国政演説を行った。カーター大統領は「過去4年間の成果により、米国は4年前よりももっと強く、豊かで、人間味のある自由な国となった」と語った。
「不動産問題以外には特に気がかりはない」という盧大統領の発言に通じるものがある。違いと言えば、盧大統領のほうがやや性急なことだ。というのも、任期が1年度以上残っている時点で同じような発言を行ったからだ。
カーター大統領はその日の演説で、次期大統領に対し減税計画を延期するよう口出ししさえした。米国民たちは鼻であしらいながら、「それを言うなら、在任中にうまくやるべきだった」と評した。
失敗した大統領に関する報告書を見れば、うら寂しい気分になる。それらのほとんどが「人間としては悪い人ではなかった。ただ、大統領としてふさわしくなかっただけだ」という結論で終わっている。意図するものに問題があったからではなく、時代や国民の要求を読み取る能力が不足していたため、大統領として失敗してしまったのだ。
悪い人は自分の人生を台無しにするが、悪い大統領は数多くの人に悪影響をもたらす。悪い大統領の問題は、そこにあるのだ。
姜仁仙(カン・インソン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
タイトル見ると、NOの批判記事か?とまず思います。
でも、実態は知識ひけらかしてさしたる内容のないいつもの手。
朝鮮人は男も女も同じだあ。
【コラム】無能ゆえに悲しい大統領
盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が11日、再任を可能とする大統領任期4年制を含む憲法改正案について、記者会見を行った。会見の様子を見ていうち、一抹の悲しさを感じざるを得なかった。
盧武鉉大統領が「任期短縮しない」とか、「政略的な目的による提案ではない」と繰り返して強調する様子は、「国民と大統領の間には基本的な信頼も存在していない」と告白しているかのようだった。
大統領の秘書官たちは今後、テレビやラジオの番組に出演し、憲法改正の広報を繰り広げるという。この広報作戦により、国民との間の不信の溝を埋めることができるだろうか。
第2次世界大戦直後の約2年半にわたり、米国のハリー・トルーマン大統領(当時)はすべてのラジオ局を通じ、夕刻に政策広報を8回にわたって行ったが、聴取率は常に30−40%台を推移した。しかし一度だけ57%の聴取率を記録したことがあった。それはトルーマン大統領が肉類価格の統制を解除すると発表した時のことだ。
政治学者リチャード・ニュースタートは「大統領の演説を聴く人の数は、その時に国民が何を考えているかで決まる」とした。大統領の話が説得力を持つかどうかは、国民の抱えている問題をどれほど的確に取り上げるかによって決まるということだ。また国民は、大統領に演説内容を実行に移すだけの能力があると信じられなければ、その内容に関心を向けないという。つまり広報の手段や量が問題ではないのだ。
世の中のすべての大統領は好意と期待の中で就任する。いくら反対勢力が強かったとしても、彼が大統領になることを望む人のほうが多くなければ、当選することはないからだ。
だが大統領など取るに足らない職だといった態度を見せたとき、その状況は180度変わってしまう。米国で「怠慢で無能な大統領」の代表例とされるウィリアム・ハワード・タフト大統領(当時)が、そうした失敗を犯した一人だ。
前任のセオドア・ルーズベルト大統領の大々的な支援により当選したタフト大統領は大統領としての任務にさほど熱意を抱いていなかった。機会があるごとに「本当は最高裁判長になりたかった」と語った。ニューヨークタイムズのジョン・ネーター記者が「タフト大統領はまるでだまされて無理やり大統領にしたてあげられたかのように行動した」と評したほどだった。
タフトはしばしば「米国には自分を嫌っている人が多すぎる」と不平を漏らした。実際にタフト大統領の胸の内がどうだったかは知るよしもないが、任期満了語に再選に挑戦して失敗したのを見ると、大統領としての地位に全くこだわりがなかったわけでもなかった。
大統領が国民の信頼を一気に失うもう一つのシナリオは、「今この時、この場所で重要なこと」を無視する場合だ。政治家は20年後ではなく、現在のために存在する。
タフト大統領と同じく失敗した大統領として米国史に残るジミー・カーター大統領(当時)は高い理想を追求したものの、肝心の国民生活の質を向上させることには無力だった。自分だけが未来を見通せるかのように独善的な振る舞いを見せた。
再選に挑戦したが、国民から無能との審判を受けたカーター大統領は、それでも国民に認めてもらうことを望んだ。次期大統領の就任式を数日後に控え、あえて国政演説を行った。カーター大統領は「過去4年間の成果により、米国は4年前よりももっと強く、豊かで、人間味のある自由な国となった」と語った。
「不動産問題以外には特に気がかりはない」という盧大統領の発言に通じるものがある。違いと言えば、盧大統領のほうがやや性急なことだ。というのも、任期が1年度以上残っている時点で同じような発言を行ったからだ。
カーター大統領はその日の演説で、次期大統領に対し減税計画を延期するよう口出ししさえした。米国民たちは鼻であしらいながら、「それを言うなら、在任中にうまくやるべきだった」と評した。
失敗した大統領に関する報告書を見れば、うら寂しい気分になる。それらのほとんどが「人間としては悪い人ではなかった。ただ、大統領としてふさわしくなかっただけだ」という結論で終わっている。意図するものに問題があったからではなく、時代や国民の要求を読み取る能力が不足していたため、大統領として失敗してしまったのだ。
悪い人は自分の人生を台無しにするが、悪い大統領は数多くの人に悪影響をもたらす。悪い大統領の問題は、そこにあるのだ。
姜仁仙(カン・インソン)論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
タイトル見ると、NOの批判記事か?とまず思います。
でも、実態は知識ひけらかしてさしたる内容のないいつもの手。
朝鮮人は男も女も同じだあ。
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