一見まともで実はヘンな朝鮮日報の記事
投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/11/28 15:01 投稿番号: [3612 / 10735]
記事入力 : 2006/11/28 14:01
【コラム】韓国不在の韓半島問題
ブッシュ大統領と胡錦濤首席は今年に入り、知られているだけでも4回の電話会談を行った。6月1日、7月5日、8月21日、10月9日だ。 直接の会談も4月、7月、11月と、3回にわたり行われている。計7回の会談でどのような対話が交わされ、結果として「北朝鮮問題に関する米国のパートナーが韓国から中国に変わった」と報じられるまでになったのだろうか。ブッシュ大統領が「両国は北朝鮮問題で非常に重要なパートナー」と発言すると、胡錦濤首席も「中国は米国と手を取り韓半島(朝鮮半島)非核化を実現する」と語った背景には何があるのか。そして金正日(キム・ジョンイル)総書記が7月に在外公館長を集め、「中国もロシアも信じられない」と不満を漏らした理由は何か。
2002年にブッシュ大統領が江沢民首席をクロフォード牧場に招待した当時を振り返ると、見えてくることがある。当時江沢民はブッシュから、中国が北朝鮮の核問題を解決する見返りに、米国は中国が北朝鮮で影響力を行使することを問題視しないとの発言を聞かされ、後を次いだ胡錦濤主席はそれを具体化させた。このような話はまた、両国外交官の間でも交わされている。ヒル国務次官補が7月に上院の聴聞会で「韓半島(朝鮮半島)でどのような政治的変化が起こっても、米国はそこから戦略的利益を得ることには関心がない」と証言したのも同じ背景だ。この発言は遠回しだが北朝鮮の政権交替や崩壊があったとしても、中国が望む通り北朝鮮を米中の緩衝地帯として残して置くということだ。
米国の民主党ではブッシュ政権が北朝鮮の核問題を中国に「アウトソーシング」または「下請け」したとの話が出ている。米国のシンクタンクでは中国が金正日政権を崩壊させる代償として米国は駐韓米軍を撤収させるべきとの主張まで出ている。
米国と中国がこのように韓国の頭上で対話を続けている間に、韓国政府はというと、米中の間に立ってバランサーになろうと思い上がっていた。政府が「自主の歌」と「民族同士の歌」を声が枯れるほど歌いながら北朝鮮に入り込んできた結果、強大国が北朝鮮の将来について取り引きするのを観戦すらできなくなってしまった。つまり韓国主導で統一するチャンスがより遠くなったということだ。東北工程だけではなく朝鮮族自治州に高さ18メートル重さ520キロの熊女像を建立し、韓民族の始祖まで奪おうとさえしている中国にとって、もはや得るものを失い、ただ甲高い声だけを発している韓国政府がどれほど愚かに見えただろうか。この中国の動きを察した日本とロシアも韓半島を覗き込んでいるというのが現在の状況だ。
1989年11月にベルリンの壁が崩壊すると、ドイツの周辺国は一斉にドイツ統一に反対した。フランスは「ソ連も米国もドイツ統一を望んでいない」とし、英国も「ドイツ統一はどの国にとっても災難」と主張した。これら周辺国の変化はコール首相の外交補佐官だったホルスト・テルチク著『歴史を変えた329日-ドイツ統一の舞台裏』に日記形式で詳しく記録されている。まずは米国を後ろ盾とし、ソ連、英国、フランスに対しては米国に説得させるよう仕向けたのが西ドイツのとった方法だった。逆にポーランドは1930年代にドイツとソ連の間で中立的な政策という冒険を犯し、結局39年にドイツとソ連に分割占領された。両国から見捨てられたポーランド大統領はルーマニアに逃れた。
1888年に日本の時事風刺雑誌『トバエ』には「釣り」という題目の風刺画が掲載された。強大国が朝鮮を釣り上げようと釣り糸を垂らしている場面だ。今の状況が続けば再び同じような風刺画が登場せざるを得ない。
チュ・ヨンジュン論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
1989年の西ドイツの行動と、第2次世界大戦前のポ−ランドの行動とを比較してどうするの?
【コラム】韓国不在の韓半島問題
ブッシュ大統領と胡錦濤首席は今年に入り、知られているだけでも4回の電話会談を行った。6月1日、7月5日、8月21日、10月9日だ。 直接の会談も4月、7月、11月と、3回にわたり行われている。計7回の会談でどのような対話が交わされ、結果として「北朝鮮問題に関する米国のパートナーが韓国から中国に変わった」と報じられるまでになったのだろうか。ブッシュ大統領が「両国は北朝鮮問題で非常に重要なパートナー」と発言すると、胡錦濤首席も「中国は米国と手を取り韓半島(朝鮮半島)非核化を実現する」と語った背景には何があるのか。そして金正日(キム・ジョンイル)総書記が7月に在外公館長を集め、「中国もロシアも信じられない」と不満を漏らした理由は何か。
2002年にブッシュ大統領が江沢民首席をクロフォード牧場に招待した当時を振り返ると、見えてくることがある。当時江沢民はブッシュから、中国が北朝鮮の核問題を解決する見返りに、米国は中国が北朝鮮で影響力を行使することを問題視しないとの発言を聞かされ、後を次いだ胡錦濤主席はそれを具体化させた。このような話はまた、両国外交官の間でも交わされている。ヒル国務次官補が7月に上院の聴聞会で「韓半島(朝鮮半島)でどのような政治的変化が起こっても、米国はそこから戦略的利益を得ることには関心がない」と証言したのも同じ背景だ。この発言は遠回しだが北朝鮮の政権交替や崩壊があったとしても、中国が望む通り北朝鮮を米中の緩衝地帯として残して置くということだ。
米国の民主党ではブッシュ政権が北朝鮮の核問題を中国に「アウトソーシング」または「下請け」したとの話が出ている。米国のシンクタンクでは中国が金正日政権を崩壊させる代償として米国は駐韓米軍を撤収させるべきとの主張まで出ている。
米国と中国がこのように韓国の頭上で対話を続けている間に、韓国政府はというと、米中の間に立ってバランサーになろうと思い上がっていた。政府が「自主の歌」と「民族同士の歌」を声が枯れるほど歌いながら北朝鮮に入り込んできた結果、強大国が北朝鮮の将来について取り引きするのを観戦すらできなくなってしまった。つまり韓国主導で統一するチャンスがより遠くなったということだ。東北工程だけではなく朝鮮族自治州に高さ18メートル重さ520キロの熊女像を建立し、韓民族の始祖まで奪おうとさえしている中国にとって、もはや得るものを失い、ただ甲高い声だけを発している韓国政府がどれほど愚かに見えただろうか。この中国の動きを察した日本とロシアも韓半島を覗き込んでいるというのが現在の状況だ。
1989年11月にベルリンの壁が崩壊すると、ドイツの周辺国は一斉にドイツ統一に反対した。フランスは「ソ連も米国もドイツ統一を望んでいない」とし、英国も「ドイツ統一はどの国にとっても災難」と主張した。これら周辺国の変化はコール首相の外交補佐官だったホルスト・テルチク著『歴史を変えた329日-ドイツ統一の舞台裏』に日記形式で詳しく記録されている。まずは米国を後ろ盾とし、ソ連、英国、フランスに対しては米国に説得させるよう仕向けたのが西ドイツのとった方法だった。逆にポーランドは1930年代にドイツとソ連の間で中立的な政策という冒険を犯し、結局39年にドイツとソ連に分割占領された。両国から見捨てられたポーランド大統領はルーマニアに逃れた。
1888年に日本の時事風刺雑誌『トバエ』には「釣り」という題目の風刺画が掲載された。強大国が朝鮮を釣り上げようと釣り糸を垂らしている場面だ。今の状況が続けば再び同じような風刺画が登場せざるを得ない。
チュ・ヨンジュン論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
1989年の西ドイツの行動と、第2次世界大戦前のポ−ランドの行動とを比較してどうするの?
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