祖国はありがたいニダ
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2011/10/22 15:57 投稿番号: [10329 / 10735]
海外で知った祖国のありがたみ
新婚旅行でキューバに
「昼ごはん食べた? いまユリ商店にいるんだけど、まだなら一緒に食べようよ。ん? なんでって? 素敵な人に会ったからさ」
駐キューバ朝鮮民主主義人民共和国大使館職員は、電話の向こうの友人にそう伝えながら、私たち夫婦ににっこり笑ってみせた。
駐キューバ朝鮮大使館を訪ねたのは、新婚旅行3日目。キューバに来たからには朝鮮大使館に行ってみようと思い立ち、訪ねることにした。
ユリ商店の食堂にて(写真中央が筆者)
大使館職員はパスポートと、私たちの顔をかわるがわる見ては、「間違いない。これは総聯が同胞に発行しているパスポートだ。新婚旅行でキューバに! そしてここに訪ねてきてくれたんですか。あはは! では周辺を案内しますよ。せっかくお会いしたんだからお昼ごはんもご一緒しなければ!」。
大使館はキューバの首都ハバナにある。大使館が密集する、「大使館村」にあり探しやすいのだが、特に朝鮮大使館は大通りに面した角地にある。職員の車に乗り、革命広場やハバナ大学を観光。海岸沿いのマレコン通りを渡り、首都西側まで観光して食品店で買い出し。お昼は「ユリ商店」の3階にある食堂「ジャズ・カフェ」にて。冒頭の電話の相手は朝鮮中央通信社の記者であった。ここに職員の息子さんも加わり、5人でランチ・タイム。すっかりごちそうになってしまった。
ちなみに、「ユリ商店」は正式名称ではなく、ガラス張りになっているから「ユリ(朝鮮語でガラスの意)商店」と、キューバ滞在の朝鮮の職員が代々そう呼んできたらしい。もちろん現地の人には通じない。「なんでもウリ(私たち)式ということだね」と、再び笑顔を見せてくれた。
キューバ島は米国フロリダ州の南にあり、東西に長い。伝えられるところによると元来3〜4の部族が住んでいたが、約500年前、農業経営のためにスペイン人に皆殺しにされた。その代わりに連れて来られたのがアフリカの人々だ。彼ら奴隷により産出された富は、今日言われるところの「文化・文明」の「台所」となり、美術館、図書館、交響曲の創出を支えたのである。西洋諸国からの独立後間もなく、米国の経済支配下に置かれたキューバ。革命後、社会主義体制を維持している。
今年2月に結婚した私たちは、新婚旅行は、美術作品を見るためイタリアに行く予定だった。行き先がキューバに変わったのは、私が大学院でジェノサイド研究や、ロシア社会主義リアリズム、バルカン半島の社会主義と現在について勉強したからである。
平壌を思わせる商業用の看板一つない街並み。キューバ最大のリゾート地バラデロ、革命の発祥地サンチャゴ・デ・クーバ、ゲバラの遺骨が安置されるサンタ・クララなど8都市を周遊した。肌の色がさまざまな人が住むキューバは、西洋式建築物とアメ車の「博物館」であり、音楽が絶えない舞台であり、「新婚旅行で来ました」と伝えると「おめでとう」と、すごいテンションでハイタッチやハグを求めてくる、陽気な人たちの国である。
ユリ商店でご一緒にした大使館職員が、「旅行が無事に終わるか心配なのでホテルからまた連絡してください」と言ってくれたので、キューバを発つ前にホテルで再会。「ご両親によろしく」とキューバの名物である葉巻を二箱プレゼントしてくれた。「大使館」のありがたさは、何物にも代え難い民族教育を受けた在日だからこそ感受できたキューバでの日々だった。地球の裏側での同じ民族との出会いが改めて教えてくれた。一生に一度の新婚旅行。最高の「ウリ式」一週間であった。(白凛、東大大学院在籍・在日朝鮮人美術専攻)
( 朝鮮新報 2011-10-21 10:25:11 )
この人たち、結局日本に「帰って」くるんですね。
あ〜あ・・・・
新婚旅行でキューバに
「昼ごはん食べた? いまユリ商店にいるんだけど、まだなら一緒に食べようよ。ん? なんでって? 素敵な人に会ったからさ」
駐キューバ朝鮮民主主義人民共和国大使館職員は、電話の向こうの友人にそう伝えながら、私たち夫婦ににっこり笑ってみせた。
駐キューバ朝鮮大使館を訪ねたのは、新婚旅行3日目。キューバに来たからには朝鮮大使館に行ってみようと思い立ち、訪ねることにした。
ユリ商店の食堂にて(写真中央が筆者)
大使館職員はパスポートと、私たちの顔をかわるがわる見ては、「間違いない。これは総聯が同胞に発行しているパスポートだ。新婚旅行でキューバに! そしてここに訪ねてきてくれたんですか。あはは! では周辺を案内しますよ。せっかくお会いしたんだからお昼ごはんもご一緒しなければ!」。
大使館はキューバの首都ハバナにある。大使館が密集する、「大使館村」にあり探しやすいのだが、特に朝鮮大使館は大通りに面した角地にある。職員の車に乗り、革命広場やハバナ大学を観光。海岸沿いのマレコン通りを渡り、首都西側まで観光して食品店で買い出し。お昼は「ユリ商店」の3階にある食堂「ジャズ・カフェ」にて。冒頭の電話の相手は朝鮮中央通信社の記者であった。ここに職員の息子さんも加わり、5人でランチ・タイム。すっかりごちそうになってしまった。
ちなみに、「ユリ商店」は正式名称ではなく、ガラス張りになっているから「ユリ(朝鮮語でガラスの意)商店」と、キューバ滞在の朝鮮の職員が代々そう呼んできたらしい。もちろん現地の人には通じない。「なんでもウリ(私たち)式ということだね」と、再び笑顔を見せてくれた。
キューバ島は米国フロリダ州の南にあり、東西に長い。伝えられるところによると元来3〜4の部族が住んでいたが、約500年前、農業経営のためにスペイン人に皆殺しにされた。その代わりに連れて来られたのがアフリカの人々だ。彼ら奴隷により産出された富は、今日言われるところの「文化・文明」の「台所」となり、美術館、図書館、交響曲の創出を支えたのである。西洋諸国からの独立後間もなく、米国の経済支配下に置かれたキューバ。革命後、社会主義体制を維持している。
今年2月に結婚した私たちは、新婚旅行は、美術作品を見るためイタリアに行く予定だった。行き先がキューバに変わったのは、私が大学院でジェノサイド研究や、ロシア社会主義リアリズム、バルカン半島の社会主義と現在について勉強したからである。
平壌を思わせる商業用の看板一つない街並み。キューバ最大のリゾート地バラデロ、革命の発祥地サンチャゴ・デ・クーバ、ゲバラの遺骨が安置されるサンタ・クララなど8都市を周遊した。肌の色がさまざまな人が住むキューバは、西洋式建築物とアメ車の「博物館」であり、音楽が絶えない舞台であり、「新婚旅行で来ました」と伝えると「おめでとう」と、すごいテンションでハイタッチやハグを求めてくる、陽気な人たちの国である。
ユリ商店でご一緒にした大使館職員が、「旅行が無事に終わるか心配なのでホテルからまた連絡してください」と言ってくれたので、キューバを発つ前にホテルで再会。「ご両親によろしく」とキューバの名物である葉巻を二箱プレゼントしてくれた。「大使館」のありがたさは、何物にも代え難い民族教育を受けた在日だからこそ感受できたキューバでの日々だった。地球の裏側での同じ民族との出会いが改めて教えてくれた。一生に一度の新婚旅行。最高の「ウリ式」一週間であった。(白凛、東大大学院在籍・在日朝鮮人美術専攻)
( 朝鮮新報 2011-10-21 10:25:11 )
この人たち、結局日本に「帰って」くるんですね。
あ〜あ・・・・
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