性犯罪の認識・処罰が甘いのは、日帝のせい
投稿者: german_surprise88 投稿日時: 2006/08/27 03:05 投稿番号: [1517 / 4092]
強姦など性犯罪に対して韓国社会の認識・処罰が甘いのは、日帝のせい
■李氏朝鮮の性暴行処理
李氏朝鮮時代は性暴行に対して今より寛大だったと誤解している人が多い。性暴行事件は「大明律」で「犯奸罪」の適用を受けたが、強姦未遂は杖100回と3千里流刑、強姦は絞首刑、近親強姦は斬首刑だった。中宗23年(1528)10月、宮人の都伯孫が寡婦を強姦した際、中宗が「常人が強姦することも正しくないのに、まして士族ではないか」と言って厳罰を指示したように、支配層には一層厳格な処身が要求された。
和姦は男女とも杖80回だったので女性は強姦だと主張する場合が多かったが、この場合は女性の当初の意図が判断基準だった。世宗12年(1466)、正四品で護軍の申通礼が、官婢である古音徳と何回も性関係を持った。古音徳は、「初めは断って声を出して泣いた[初拒而哭]」という理由で無罪となり、申通礼だけが処罰されたのが、その一例だ。この事件のように、被害女性の身分は重要ではなかった。<中略>
妓女の場合も同じだった。暴力がなくても女性の同意がなかったら強姦で処罰したが、被害女性が処罰を望むか否かは量刑の斟酌対象ではなかった。窃盗の途中に強姦までした場合は斬首刑であり、幼児強姦は例外なしに絞首刑や斬首刑だった。
性犯罪に寛大な我が国の社会の誤った認識は、李氏朝鮮時代ではなく日帝時代に始まったものだ。近年頻発している子供への連続強姦事件や、クビになったMBCのセクハラ記者に対して社長が再審を要求したことは、人々の認識が日帝時代にとどまっていることを示している。日帝の遺産である現在の性犯罪認識を、李氏朝鮮時代の人たちの厳格な認識へ戻さなければならない時である。
【李ドギル/歴史評論家】
▽ソース:朝鮮日報(韓国語)(2006.08.25 23:06)
http://www.chosun.com/editorials/news/200608/200608250438.html
これは メッセージ 1 (chosen_chinko さん)への返信です.
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