ソンウジョン、パンを語る
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2012/02/19 09:12 投稿番号: [6192 / 6487]
記事入力 : 2012/02/19 07:43
【コラム】世の中で一番幸せなパン
全羅北道群山市に「イソン堂」というパン屋がある。全羅道で一番おいしいあんパンを作るパン屋としてうわさが広まり、チャンポンで有名な「ポクソン楼」と共に、グルメたちから好評を得ている。1カ月ほど前のある寒い日に1時間40分間並んで「ポクソン楼」のチャンポンを食べた後、イソン堂のあんパンで口直しをしてソウルに戻ったが、高速道路の料金とガソリン代が、食事代の2倍を超えてしまった。ソウルの特級レストランで食べた方が経済的だっただろう。われわれは、しばしばこうしたばかげた行動に出る。「美味」を求めてとはいうものの、あらゆる有名店がソウルに出店している現在、「グルメ紀行」というのはばかげた行動かもしれない。にもかかわらず、われわれはなぜこうしたことを繰り返すのか。
イソン堂は90年近い歴史を誇るパン屋だ。オーナーは何度か変わったが、味はそのまま受け継がれているという。『アウトライアーズ(邦題:天才! 成功する人々の法則)』の著者マルコム・グラッドウェル氏は成功するために必要な時間を1万時間と規定した。1日3時間ずつ10年にわたって努力すれば凡人も天才の隊列に入ることができるということを思えば、1日15時間ずつ90年間にわたり運営されてきたパン屋は一体どのくらいのレベルなのだろうか。90年間パンに投じた功力の深みに共感できるとすれば、われわれが物理的な距離を越えてでも食べてみたいと思うのは、味ではなく、結局は時間の香りを買おうとしているのかもしれない。
一昨年まで住んでいた東京・荻窪の駅前には「リスドォル・ミツ」というフランス・パンの店がある。60歳近い店長が「発酵促進剤は絶対使うな」という父の遺言をかたくなに守り抜くことで、全国的に有名になった店舗だ。「促進剤を使えば数時間で終わるところを10日間もかけて発酵させる。店長が10年間オペラを学んで製パン室で歌い続けたところ、パンの練り具合にバランスが生じた」といった話もある。このパン屋は、不幸に遭い絶望のふちに追い込まれた人を連れてきて、製パンの秘密を伝授し、「のれん分け」を認めているが、これは店長がパンを作ろうとする意志は生きようとする意志に通じていると確信しているためだ。
やや大げさに語られた可能性もあるが「パンの材料は汗と涙と意志」というそのパン屋の店長の言葉は、肝に銘じておくべきだろう。韓国に戻り、ドラマ『製パン王 キム・タック』を見ながら、パルボン先生が手掛ける「パン」がこの世に実際に存在するとしたら、それは荻窪のパン屋の窯で焼かれたパンかもしれないと思うようになった。パルボン先生のパン屋の周りには、パンの香りよりも人間の香りが漂っていた。もちろん、韓国にも人と時間の香りが漂う町のパン屋は多いことだろう。われわれが探し出す努力を怠っているため、見いだすことができないだけなのかもしれない。
このドラマを見た人は、パルボン先生がタックに求めた3種類のパンについて今も覚えていることだろう。「この世で最もおなかがいっぱいになるパン」「この世で最も面白いパン」、そして最後に「この世で最も幸せなパン」だ。最近問題になっている財閥傘下のパン屋も、パルボン先生の言葉に従って「共存のレシピ」(中小企業と共存する道)を真剣に考えていたら、結果は違っていたかもしれない。節制と謙遜を先立たせれば、パンをめぐる食べ物文化に大きな影響を与えていたかもしれないと思う。単なる派手なパン、よく売れるだけのパンを追い求めていった結果、焼き上がって出てきたのは「世の中を不幸にさせるパン」ではなかったのか。
実際に財閥傘下のパン屋が「パンの材料は汗と涙と意志」ということを体験し、人生の全てを懸けて毎日朝早くから努力していれば、大統領の一言でいとも簡単にぞろぞろとあきらめるようなことはなかったはずだ。やはりパンは、パンに全てを懸けた「本物のパン屋」の仕事として残しておくべきなのだろう。
鮮于鉦(ソンウ・ジョン)産業部次長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
コイツも日本に依存しないと生きて行けないんだな。
【コラム】世の中で一番幸せなパン
全羅北道群山市に「イソン堂」というパン屋がある。全羅道で一番おいしいあんパンを作るパン屋としてうわさが広まり、チャンポンで有名な「ポクソン楼」と共に、グルメたちから好評を得ている。1カ月ほど前のある寒い日に1時間40分間並んで「ポクソン楼」のチャンポンを食べた後、イソン堂のあんパンで口直しをしてソウルに戻ったが、高速道路の料金とガソリン代が、食事代の2倍を超えてしまった。ソウルの特級レストランで食べた方が経済的だっただろう。われわれは、しばしばこうしたばかげた行動に出る。「美味」を求めてとはいうものの、あらゆる有名店がソウルに出店している現在、「グルメ紀行」というのはばかげた行動かもしれない。にもかかわらず、われわれはなぜこうしたことを繰り返すのか。
イソン堂は90年近い歴史を誇るパン屋だ。オーナーは何度か変わったが、味はそのまま受け継がれているという。『アウトライアーズ(邦題:天才! 成功する人々の法則)』の著者マルコム・グラッドウェル氏は成功するために必要な時間を1万時間と規定した。1日3時間ずつ10年にわたって努力すれば凡人も天才の隊列に入ることができるということを思えば、1日15時間ずつ90年間にわたり運営されてきたパン屋は一体どのくらいのレベルなのだろうか。90年間パンに投じた功力の深みに共感できるとすれば、われわれが物理的な距離を越えてでも食べてみたいと思うのは、味ではなく、結局は時間の香りを買おうとしているのかもしれない。
一昨年まで住んでいた東京・荻窪の駅前には「リスドォル・ミツ」というフランス・パンの店がある。60歳近い店長が「発酵促進剤は絶対使うな」という父の遺言をかたくなに守り抜くことで、全国的に有名になった店舗だ。「促進剤を使えば数時間で終わるところを10日間もかけて発酵させる。店長が10年間オペラを学んで製パン室で歌い続けたところ、パンの練り具合にバランスが生じた」といった話もある。このパン屋は、不幸に遭い絶望のふちに追い込まれた人を連れてきて、製パンの秘密を伝授し、「のれん分け」を認めているが、これは店長がパンを作ろうとする意志は生きようとする意志に通じていると確信しているためだ。
やや大げさに語られた可能性もあるが「パンの材料は汗と涙と意志」というそのパン屋の店長の言葉は、肝に銘じておくべきだろう。韓国に戻り、ドラマ『製パン王 キム・タック』を見ながら、パルボン先生が手掛ける「パン」がこの世に実際に存在するとしたら、それは荻窪のパン屋の窯で焼かれたパンかもしれないと思うようになった。パルボン先生のパン屋の周りには、パンの香りよりも人間の香りが漂っていた。もちろん、韓国にも人と時間の香りが漂う町のパン屋は多いことだろう。われわれが探し出す努力を怠っているため、見いだすことができないだけなのかもしれない。
このドラマを見た人は、パルボン先生がタックに求めた3種類のパンについて今も覚えていることだろう。「この世で最もおなかがいっぱいになるパン」「この世で最も面白いパン」、そして最後に「この世で最も幸せなパン」だ。最近問題になっている財閥傘下のパン屋も、パルボン先生の言葉に従って「共存のレシピ」(中小企業と共存する道)を真剣に考えていたら、結果は違っていたかもしれない。節制と謙遜を先立たせれば、パンをめぐる食べ物文化に大きな影響を与えていたかもしれないと思う。単なる派手なパン、よく売れるだけのパンを追い求めていった結果、焼き上がって出てきたのは「世の中を不幸にさせるパン」ではなかったのか。
実際に財閥傘下のパン屋が「パンの材料は汗と涙と意志」ということを体験し、人生の全てを懸けて毎日朝早くから努力していれば、大統領の一言でいとも簡単にぞろぞろとあきらめるようなことはなかったはずだ。やはりパンは、パンに全てを懸けた「本物のパン屋」の仕事として残しておくべきなのだろう。
鮮于鉦(ソンウ・ジョン)産業部次長
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
コイツも日本に依存しないと生きて行けないんだな。
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