G20はマッコリで乾杯汁
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/10/12 16:25 投稿番号: [4410 / 6487]
記事入力 : 2009/10/12 11:58:36
【萬物相】首脳会談でもマッコリで乾杯
1950−60年代、ソウル・明洞のマッコリ(韓国式濁り酒)店「ウンソン」は、食べるのに困った芸術家たちの「たまり場」だった。女性店主は客が払った酒代をそのまま受け取り、ツケの支払いを求めることはしなかった。店主の息子だった俳優チェ・ブラムは後に、母親の遺品を整理した際、インスタントラーメンの箱にツケの金額を記した大量の帳簿が入っているのを発見した。「この金を全部徴収すれば金持ちになれる」と思ったチェ・ブラムは帳簿を調べてみたが、その結果はがっかりさせられるものだった。実名ではなく、亡き母親だけが知るあだ名や暗号で記録されていたからだ。芸術家たちの自尊心を傷つけないよう配慮したものだった。「ウンソン」の店主が、どんぶりになみなみと注いで芸術家たちに勧めていたマッコリ。それは客の心を開かせる「分かち合いの酒」だった。
1959年、チェ・ブラムの大学進学が決まったとき、「ウンソン」の常連客だった詩人ビョン・ヨンノ(1897−1961)がマッコリを勧めた。一息に飲み干し、ビョン・ヨンノに返盃しようとしたチェ・ブラムは、どんぶりにマッコリのかすが残っていたため、それを床に捨てた。次の瞬間、ビョン・ヨンノはチェ・ブラムの頬を平手打ちした。「お前は穀物を捨てるような奴だったのか」。マッコリはかつて「農酒」と呼ばれ、農民たちが農作業の合間に田んぼのあぜで、のどの渇きを癒やしたり、空腹を満たすために飲んでいたものだった。チョン・サンビョン(1930−93)の詩『マッコリ』には、「マッコリは酒ではなく/コメ同然だった/神様の恵みそのものだった」とある。
作家の成碩済(ソン・ソクジェ)は幼いころ、お遣いでマッコリを買いに行ったとき、こっそり飲んで路上で寝てしまったことがある。中高年層の人々は子どものころ、酒屋でマッコリを受け取った際、やかんの注ぎ口に口をつけて味見した経験があるはずだ。マッコリは韓国の原風景そのものと言えるものだった。韓国人の心や体に染み込んだマッコリ。それがいつの間にか、過去の遺物となってしまった。お腹にたまり、においが強いという理由で、大学の新入生歓迎会でも飲まれなくなった。
そんなマッコリが今また復活を遂げた。かつての薄汚い学生向けの飲み屋ではなく、おしゃれなマッコリ専門店で飲まれるようになり、デパートの酒類コーナーでも販売されるようになった。さまざまな種類のマッコリが開発され、1本当たり1万ウォン(約770円)もする高級マッコリも登場した。バーではマッコリを使ったカクテルが出されるようになり、ゴルフ場の休憩室では冷やしたマッコリが人気だ。食物繊維や酵母・たんぱく質・無機質が豊富な「体に良い酒」として、日本でも売れている。
先週末、ソウルで行われた韓日首脳会談の昼食会の席上で、両国の首脳はマッコリで乾杯した。コメと紫いもを原料に使用したマッコリで、日本でも人気があるという。来年11月に韓国で行われるG20(主要20カ国・地域)首脳会議でも、マッコリを出そうという話が出ている。中国の「国酒」とされる茅台酒が世界的な名酒として知られるようになったのも、1972年に毛沢東とニクソン米大統領の首脳会談で供されたのがきっかけだ。さっぱりした後味を特徴とするマッコリも今や、世界の名酒として飛躍できるチャンスだろう。
オ・テジン論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
全員眼が潰れたりして。
【萬物相】首脳会談でもマッコリで乾杯
1950−60年代、ソウル・明洞のマッコリ(韓国式濁り酒)店「ウンソン」は、食べるのに困った芸術家たちの「たまり場」だった。女性店主は客が払った酒代をそのまま受け取り、ツケの支払いを求めることはしなかった。店主の息子だった俳優チェ・ブラムは後に、母親の遺品を整理した際、インスタントラーメンの箱にツケの金額を記した大量の帳簿が入っているのを発見した。「この金を全部徴収すれば金持ちになれる」と思ったチェ・ブラムは帳簿を調べてみたが、その結果はがっかりさせられるものだった。実名ではなく、亡き母親だけが知るあだ名や暗号で記録されていたからだ。芸術家たちの自尊心を傷つけないよう配慮したものだった。「ウンソン」の店主が、どんぶりになみなみと注いで芸術家たちに勧めていたマッコリ。それは客の心を開かせる「分かち合いの酒」だった。
1959年、チェ・ブラムの大学進学が決まったとき、「ウンソン」の常連客だった詩人ビョン・ヨンノ(1897−1961)がマッコリを勧めた。一息に飲み干し、ビョン・ヨンノに返盃しようとしたチェ・ブラムは、どんぶりにマッコリのかすが残っていたため、それを床に捨てた。次の瞬間、ビョン・ヨンノはチェ・ブラムの頬を平手打ちした。「お前は穀物を捨てるような奴だったのか」。マッコリはかつて「農酒」と呼ばれ、農民たちが農作業の合間に田んぼのあぜで、のどの渇きを癒やしたり、空腹を満たすために飲んでいたものだった。チョン・サンビョン(1930−93)の詩『マッコリ』には、「マッコリは酒ではなく/コメ同然だった/神様の恵みそのものだった」とある。
作家の成碩済(ソン・ソクジェ)は幼いころ、お遣いでマッコリを買いに行ったとき、こっそり飲んで路上で寝てしまったことがある。中高年層の人々は子どものころ、酒屋でマッコリを受け取った際、やかんの注ぎ口に口をつけて味見した経験があるはずだ。マッコリは韓国の原風景そのものと言えるものだった。韓国人の心や体に染み込んだマッコリ。それがいつの間にか、過去の遺物となってしまった。お腹にたまり、においが強いという理由で、大学の新入生歓迎会でも飲まれなくなった。
そんなマッコリが今また復活を遂げた。かつての薄汚い学生向けの飲み屋ではなく、おしゃれなマッコリ専門店で飲まれるようになり、デパートの酒類コーナーでも販売されるようになった。さまざまな種類のマッコリが開発され、1本当たり1万ウォン(約770円)もする高級マッコリも登場した。バーではマッコリを使ったカクテルが出されるようになり、ゴルフ場の休憩室では冷やしたマッコリが人気だ。食物繊維や酵母・たんぱく質・無機質が豊富な「体に良い酒」として、日本でも売れている。
先週末、ソウルで行われた韓日首脳会談の昼食会の席上で、両国の首脳はマッコリで乾杯した。コメと紫いもを原料に使用したマッコリで、日本でも人気があるという。来年11月に韓国で行われるG20(主要20カ国・地域)首脳会議でも、マッコリを出そうという話が出ている。中国の「国酒」とされる茅台酒が世界的な名酒として知られるようになったのも、1972年に毛沢東とニクソン米大統領の首脳会談で供されたのがきっかけだ。さっぱりした後味を特徴とするマッコリも今や、世界の名酒として飛躍できるチャンスだろう。
オ・テジン論説委員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
全員眼が潰れたりして。
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