朝鮮食べ物談義

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ウリにも二つ星シェフはいるニダ

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/08/21 08:58 投稿番号: [4317 / 6487]
記事入力 : 2009/08/21 08:39:55
35年ぶりに故国・韓国の地を踏んだベルギーのシェフ

  レストラン「レル・ド・タン」はベルギーの首都ブリュッセルの南にある小さな田舎町のレストランだが、美食家らの間では有名な店だ。世界的なレストランガイド「ミシュラン」は2008年、この店に二つ星を付けた。ベルギーで三つ星は2店、二つ星は3店しかない。
  変わっているのはこのレストランの看板。ハングルの子音一つだけが赤い文字で書かれている。この店のオーナー兼シェフのサンフン・ドゥジャンブルさん(40)は「看板の文字を漢字だと思って、中華料理店と勘違いする客もいる」と笑う。海外文化広報院の招きで17日に韓国を訪問したドゥジャンブルさんは、20日まで韓国に滞在し、韓国料理や韓国文化全般について学んだ。
  ドゥジャンブルさんは5歳だった1975年、弟のサンホさんとともにベルギーに養子縁組された。「幼いころから何でも食べる子どもだった。両親に『何でも口に入れてはいけないよ』と注意され、そのときから常ににおいをかぐようになった」。味覚と嗅覚が人並み以上に発達していたドゥジャンブルさんだが、韓国料理に関する記憶はないという。「食べ物のことは何も思い出せない。ベッドがたくさんあって、うるさい部屋にいたという記憶しかない」
  15歳のとき、自分が料理に人並み以上の関心を持っていることを知ったドゥジャンブルさんは、ホテルやレストランで研修生として働いていたとき、初めて飲んだワインの味が衝撃的だったという。「69年ブルゴーニュ産のシャサーニュ・モンラッシェで、奥の深い味と香りだった」。17歳のときからソムリエとして働くようになり、ベルギーのソムリエ大会で2回、2位を獲得した。
  料理の世界に入りたかったが、経験のないドゥジャンブルさんを受け入れるレストランはなかった。97年、当時28歳だったドゥジャンブルさんは、現在の妻カリンさんと一緒にレストランをオープンした。「店をオープンした日、僕は初めて本格的な料理をした。今考えると、とても無謀な行動だったと思う。でも、心は自信に満ち溢れていた」
  ワインで鍛えた味覚と嗅覚は、料理にも役立った。店を訪れた客はドゥジャンブルさんの魚料理を食べると、ワインを飲んだときのように感嘆した。「ブルゴーニュ産の白ワインからは種実類や焼いたパン、バニラ、コーヒーの香りがする。だからこれらの材料を使ってソースを作り、魚にかけてみた」
  「韓国の思い出」はないけれど、自分のルーツは韓国だと思ってきた。インターネットでハングルの子音を見つけて店名にし、看板やシェフ服、名刺にその文字を入れたのも、自分のルーツを忘れたくないという思いからだった。「40歳になったとき、自分はどこから来たのか知らなければならないと思うようになった」
  ドゥジャンブルさんがベルギーで食べたことのある韓国料理はプルコギ(韓国式焼き肉)やキムチなど。「まったく違う味と食感、香り、香辛料を材料にしているにもかかわらず、それらが一つになってバランスが取れているビビンバが一番美味しかった。でも、韓国料理の世界化を語れるほど韓国料理のことを知っているわけではない」というドゥジャンブルさんは、「伝統を守りながら現代的な味と調和させれば、十分に世界化できる可能性はあると思う。僕も韓国料理をレストランのメニューに入れるつもり。僕だけの観点で再解釈した韓国料理に挑戦したい」と、韓国料理に対する愛情を語った。

キム・ソンユン記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版


>海外文化広報院の招きで17日に韓国を訪問したドゥジャンブルさん

親は名乗り出てこなかったのかな?

>韓国料理の世界化を語れるほど韓国料理のことを知っているわけではない

はっきり「ない」と逝ってやった方がむしろ情けだと思うよ。
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