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金富軾も宗主国サマの歪曲に抵抗したニダ!

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/03/04 11:47 投稿番号: [1965 / 2847]
たったこれっぽっちで、何が分かると言うんだ?????

>金貞培教授は「金富軾は、中国の正史が自国の威信にかかわると考え隠ぺいした内容を探し出し、補完した。これだけでなく、高句麗・唐戦争の隠された真実を今後探し出す必要がある」と主張した。

ゴクローサン。(苦笑)

じゃあ、金富軾の倭・日本についての記述はどうなんだい?(ニヤニヤ)

つうか、支那の「東北工程」に対抗しようとしてこんなアホ研究をしたんだろうけど、その時点ですでに邪まじゃんか。

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記事入力 : 2007/03/04 11:01

高句麗・唐戦争の隠された真実とは



  「『三国史記』の著者・金富軾(キム・ブシク)(1075−1151年)も中国の高句麗史隠ぺい・歪曲に抵抗した」

  最近、高句麗研究財団の理事長の座から退き、論文執筆に没頭していた金貞培(キム・ジョンベ)高麗大名誉教授(元高麗大総長)は、近日中に出版を予定している『韓国史学報』(高麗史学会・刊)に寄稿した論文「『三国史記』宝蔵王紀史論に見える柳公権小説問題」を通じ、こうした事実を明らかにした。論文の骨子は、中国の正史には記されていない高句麗・唐戦争の隠された真実について、金富軾が中国側の「非公式記録」を探し出し記録したというものだ。

  金貞培教授は、30数年前から『三国史記』高句麗本紀宝蔵王紀のある記述に疑問を抱いていた。それは宝蔵王4年(645年)の「わが軍(高句麗軍)は靺鞨(まっかつ)軍と連合して陣を張り、その長さは40里に及んだ。唐の太宗はこれを望み、恐れる気色を見せた」という記述だ。

  これは、高句麗を侵略した唐の太宗が駐ピル山で高句麗軍と戦闘を展開する直前の描写だ。高句麗軍はこの戦闘でいったんは敗れたものの、直後に行われた安市城戦闘で大勝を収め、唐軍を退却させた。そして、この「唐の太宗が恐れる気色を見せた」という記述は、『旧唐書』『新唐書』『資治通鑑』をはじめとした中国の正史には一切記されていない。

  さらに金富軾は、宝蔵王8年の史論(歴史書の中で、特定の事案について編纂者が自らの見解を述べた部分)でこの記述を再び取り上げ、「柳公権小説」から引用したことを明示し、「高句麗の勝利となり皇帝の六軍は振るわず、密偵からの報告で李世せき(唐の将軍)が率いる部隊が包囲されたと聞くと、太宗は非常に恐れおののいた」と記した。

  ところで「柳公権小説」とは、まったく手がかりのない正体不明の書だった。おそらく唐の書芸家・柳公権が書き残した「小説旧聞記」という書だと見られるが、現存していない。金貞培教授はこの部分を精密に追跡した結果、「小説旧聞記」は何者かが柳公権の名を借りて記した偽書だが、『三国史記』に記された内容は、唐の玄宗(在位712−756年)代の歴史学者・劉そくが記した『隋唐嘉話』に収録されていることを明らかにした。

  つまり、「柳公権小説」自体は偽書であったものの、『三国史記』が引用した内容は『隋唐嘉話』から抜き書きしたものだというわけだ。なお、この当時の「小説」とは、現在の概念のように虚構を扱う文学のジャンルではなく、正史の記録を補完し、唐代の歴史的事実を記したものだ。このほかにも『隋唐嘉話』には、唐の太宗が平壌城を奇襲しようと主張する江夏王・李道宗の建議を退けたことを後悔するエピソードが登場する。これもやはり『旧唐書』『新唐書』には記されていないが、『三国史記』には記されている内容だ。

  金貞培教授は「金富軾は、中国の正史が自国の威信にかかわると考え隠ぺいした内容を探し出し、補完した。これだけでなく、高句麗・唐戦争の隠された真実を今後探し出す必要がある」と主張した。

兪碩在(ユ・ソクジェ)記者

朝鮮日報/朝鮮日報JNS
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