斜め上の雲 102
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/02/17 01:35 投稿番号: [1946 / 2847]
筆者は、金大中大統領のノーベル賞受賞でわきかえった韓国について述べたとき、
「鍋根性」
という言葉をつかった。ものごとに極端に過熱し、すぐさめるという性癖をさす。火病もそういった一時的な発火のあらわれであるのかもしれない。
今回のノーベル賞ブームもそうであった。二〇〇〇年の年末にはすでに熱は冷めかけていたのである。野党のハンナラ党だけでなく連立与党的な立場の自民連や国内世論の一部まで、授賞式の出席に反対する論陣をはるようになった。
大型企業の倒産や金融事故、株価暴落、スト続発といった経済不安の再燃、政局の不安定がその原因であったという。
韓国は、内政に不安をかかえると反日運動によってそれをそらそうとする。この運動律はこのさいもごく自然にはたらいた。
二〇〇一年の夏、与党である民主党の機関紙が、解放五十六年を記念した八.一五特集を組み、
「日本支配から解放されたあと、親日派に対する処罰がじゅうぶんではなかった」
「フランスのように親日派を徹底的に断罪して民族精気を回復していれば、日本極右勢力は侵略と植民地支配を合法だという妄言はできなかったはずだ」
とぶちあげた。
朝鮮半島でいう、
「親日派(チンイルパ)」
とは、他国とちがって、日本に好意を持つひとをさすのではなく、日帝にこびて国を売ったり統治に協力したりした連中、つまりは売国奴をさすといっていい。
たとえば、日韓併合条約に調印した李完用首相が代表的である。かれは日本から爵位をさずけられた。このばあい、かれががんらい日本に好意をもっていたのではなく、大韓帝国存続のために苦慮しつづけたという事績は問題とされない。
また、日本統治下で、警察官などの官途についたり統治に協力するかのような活動をした文化人たちもそれにふくまれる。
九九年八月には、光復節をひかえて、民間団体である「民族問題研究所」が、親日派の姓名と行状をあきらかにするとして、全三十巻という気宇壮大な、「親日人名事典」の制作を発表し、大学教授らに運動の展開の署名をよびかけたところ、たちまち一万名もの署名があつまった。
とうぜん、世実も署名し親日派の発掘にとりくんでいる。
「裏切り者を粛清して、民族の正義をたださなくてはならんのだ」
かれはそう信じている。
この事典に収録される人名について第一次名簿が二〇〇五年八月に発表されたが、それらについてはここではふれない。
一方、キムチに代表されるナショナリズムも噴出した。
二〇〇一年、国際食品規格委員会において、キムチの規格を決める発酵状態についての基準がゆるくなり、発酵度のよわい日本産のキムチも韓国のキムチ並みのあつかいを受けることがきまったのである。ソウル市主催の観光商品品評会で新製品の、
「トウガラシ・ジュース」
が上位で入賞した直後のことである。キムチ宗主国の体面がきずつけられた、とたれもが考えた。
しかし、続けて、日本の自衛隊に韓国産キムチが納品されることが決定したというニュースが入ってきた。
「キムチ宗主国の力をみたか」
華秉は泣きださんばかりによろこんだ。
「鍋根性」
という言葉をつかった。ものごとに極端に過熱し、すぐさめるという性癖をさす。火病もそういった一時的な発火のあらわれであるのかもしれない。
今回のノーベル賞ブームもそうであった。二〇〇〇年の年末にはすでに熱は冷めかけていたのである。野党のハンナラ党だけでなく連立与党的な立場の自民連や国内世論の一部まで、授賞式の出席に反対する論陣をはるようになった。
大型企業の倒産や金融事故、株価暴落、スト続発といった経済不安の再燃、政局の不安定がその原因であったという。
韓国は、内政に不安をかかえると反日運動によってそれをそらそうとする。この運動律はこのさいもごく自然にはたらいた。
二〇〇一年の夏、与党である民主党の機関紙が、解放五十六年を記念した八.一五特集を組み、
「日本支配から解放されたあと、親日派に対する処罰がじゅうぶんではなかった」
「フランスのように親日派を徹底的に断罪して民族精気を回復していれば、日本極右勢力は侵略と植民地支配を合法だという妄言はできなかったはずだ」
とぶちあげた。
朝鮮半島でいう、
「親日派(チンイルパ)」
とは、他国とちがって、日本に好意を持つひとをさすのではなく、日帝にこびて国を売ったり統治に協力したりした連中、つまりは売国奴をさすといっていい。
たとえば、日韓併合条約に調印した李完用首相が代表的である。かれは日本から爵位をさずけられた。このばあい、かれががんらい日本に好意をもっていたのではなく、大韓帝国存続のために苦慮しつづけたという事績は問題とされない。
また、日本統治下で、警察官などの官途についたり統治に協力するかのような活動をした文化人たちもそれにふくまれる。
九九年八月には、光復節をひかえて、民間団体である「民族問題研究所」が、親日派の姓名と行状をあきらかにするとして、全三十巻という気宇壮大な、「親日人名事典」の制作を発表し、大学教授らに運動の展開の署名をよびかけたところ、たちまち一万名もの署名があつまった。
とうぜん、世実も署名し親日派の発掘にとりくんでいる。
「裏切り者を粛清して、民族の正義をたださなくてはならんのだ」
かれはそう信じている。
この事典に収録される人名について第一次名簿が二〇〇五年八月に発表されたが、それらについてはここではふれない。
一方、キムチに代表されるナショナリズムも噴出した。
二〇〇一年、国際食品規格委員会において、キムチの規格を決める発酵状態についての基準がゆるくなり、発酵度のよわい日本産のキムチも韓国のキムチ並みのあつかいを受けることがきまったのである。ソウル市主催の観光商品品評会で新製品の、
「トウガラシ・ジュース」
が上位で入賞した直後のことである。キムチ宗主国の体面がきずつけられた、とたれもが考えた。
しかし、続けて、日本の自衛隊に韓国産キムチが納品されることが決定したというニュースが入ってきた。
「キムチ宗主国の力をみたか」
華秉は泣きださんばかりによろこんだ。
これは メッセージ 1940 (toapanlang さん)への返信です.
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