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ASOが豊かなのはウリのおかげニダ2

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2009/01/31 08:32 投稿番号: [21 / 37]
島民の反発

  麻生商店が朝鮮総督府から「譲渡」されたとして、1927年(昭和2年)3月に所有した島は、忠清南道瑞山郡の一角にある面積約9千町歩の安眠島である。この島には、見事な赤松が密林をなし、近海には鯛や太刀魚、海老、アワビなどの魚介類が豊富で資源に恵まれた美島とのことだ。資源の豊かさ、住みやすさから「斧一挺持てば食える安眠島」と、昔から呼ばれてきたという。また、従来からの住民である朝鮮人1600戸約1万人の島民は、「無主空山(特定の所有者がいない共有の山)」の昔からの慣習に従って、森林を自由に伐採し、木の芽や山菜、魚介類を採取して生計を立てていたという。

  この自由で平和な島に、朝鮮総督府の後押しを受け、炭鉱で使う坑木の供給と、植林を目的に島を所有した麻生商店が突然乱入してきたのである。筑豊炭鉱で朝鮮人労務者を酷使し、搾取する経験を豊富に積んだ麻生商店が島民とどのように接し、林業経営を行ったかは「傳記」では詳細に述べられていない。しかし、1933年5月に、帝国地方行政学会朝鮮本部で発行された「安眠島」という本には、麻生商店の島取得のいきさつ、林業経営のあらましが記述されている。紙数の関係でくわしく紹介できないが、麻生商店の島の取得、引き継ぎにも大変な騒動があったらしい。

  朝鮮総督府は、安眠島を民間に「払い下げ」するとして競売にかけたが、民間に払い下げの風説が立ち始めるや「安眠島民は勿論、朝鮮の上下にすくなからぬセンセーションを巻き起こし」と、朝鮮人の猛烈な反発があったことをうかがわせる。また、反発を恐れて競売に参加した「内地実業界でも指折りの大実業家として知られている某会社」は、落札を断り結局、国策会社の東洋拓殖と麻生商店のみが残り、麻生商店が競り勝ったとのことだ。島の現地引き継ぎも「総督府から数名の官吏が派遣され」て、「所轄警察署でも、本府よりの訓令もあり、ひそかに厳重な警戒と準備が施された」なかで強行されたようだ。

  こうしてみれば、麻生商店の島の取得は、島民の意志とは無関係に、朝鮮総督府の威嚇と抑圧で実現したことがわかる。(南永昌、歴史研究者)

[朝鮮新報 2009.1.30]
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