>>よろしいでしょう
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/05/14 19:52 投稿番号: [9410 / 18519]
>松島(現・竹島)から高麗は歴々と見えましょうや。
斉藤豊仙は二島の何れから高麗を見えると書きましたかな。
愚生には、何れから見えるとも書かれていないようにしか読めませぬ。
また斉藤本人が二島を訪ねて実見したうえでの文章でもないでしょう。
さて、松島から竹島が見える、竹島(鬱稜)から高麗が見えるとするのは、どこまでも後世の読者が他の知見から照射する後知恵であり、斉藤の文章とは本来無縁のものでもありますな。
そのうえで、敢えて純粋に国代記の文章だけから法則性を探すとするならば、斉藤が記したのは隠岐から他の州(シマ)への路程一覧なのであり、であればこそ二島をして一個の州(シマ)と表すことにより国代記の記述に規律を持たせることが可能になると筆者は考える。
また元来「島(シマ)」には単独の一島であるとする意味の外に、島々を指して用いられる場合もあるが、筆者は曖昧さを排する目的で後者の場合には「州(シマ)」としているのである。
これは メッセージ 9406 (torezojp さん)への返信です.
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