Am_I_AHO_1stさんへ
投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2005/04/12 22:30 投稿番号: [8544 / 18519]
不戦親父です。
>
このところ遅れ気味ですいません。
気にしないでください。当分解決しない問題ですから、ゆっくりいきましょう。
>鬱陵島以外の島であるため、その島が他国の領土であるのか無人島なのかは分からないわけです。
そこなんですが、第1回目の探索までの原典を読む限り、鬱陵島以外の島と判断したと
確実に言い得る箇所はないと思います。同一とも断言できません。
永安道の観察使が三峯島に住民(どこの住民とは言わない)が逃げていると語り、
翌年江原道の観察使が永安道の住民が鬱陵島に逃げていると語った。
この二つの記述が並立してるだけです。
そして、江原道にある三峯島を探索するための準備がなされているのです。
この二島は、同一である可能性も別である可能性もあります。
王の判断は明示されてません。
強いて言うと、1回目の探索で三峯島敬差官を派遣して、鬱陵島を3日間調べ、
帰ったあと、もう一度ゆくのは無理と判断したことです。
もう一度ゆく必要があったのは、もう一つ目的地があったからとも言えますし、
鬱陵島の住民も回収できていないのでもう一度ゆく必要を感じた可能性もあり、
断定はできません。
>
そのため、礼曹から日本語と女真語の通訳官が同船しているようです。
鬱陵島に日本人や女真人が入り込んでいる可能性も考えられます。
すでに無人化政策がなされたあとですので、入り込んだ他国人を遠望して逃亡民と
みた可能性も考えるでしょう。
おもしろいのは、金漢京をつれてゆくことが決定した翌月に通訳を採用している
ことです。
なんにせよ、鬱陵島に逃げた住民がいると報告されているので、1回目の探索で
鬱陵島を鬱陵島と知りつつも探索する必要はあります。
その後の探索でも、それは必要があります。
これは メッセージ 8540 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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