日本の竹島=独島領土編入と放棄5
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2003/01/19 13:56 投稿番号: [793 / 18519]
ここに記載された島同士の距離は、欧米の地図に影響されていない江戸時代の松島、竹島を記した他の史料ともよく合致する。また、島同士の相対的な距離関係や島の大きさや様子などが現在の竹島=独島および鬱陵島に大筋で合致するし、隠岐の沖合に上記の距離くらい隔たった島は明らかに鬱陵島と竹島=独島の二島しか存在しない。したがって、伺い書で「外一島」と記載された松島は現在の竹島=独島をさしている(18)。
伺い書を受理した内務省は、島根県からの付属資料に加え、独自に徳川幕府の史料を調査した。その中心は竹島一件に関する日本と朝鮮との交渉記録が主であった。内務省はそれらを十分検討した結果、竹島外一島は本邦に関係ないとの結論をだした。そのうえさらに「版圖之取捨ハ重大之事件」との認識から、七七(明治十)年三月、慎重に太政官へ伺い書「日本海内竹島外一島地籍編纂方伺」を提出した。これは太政官調査局で審査された結果、内務省の結論がそのまま認められ、次の指令案が同局で起草された。
明治十年三月二十日
大臣 本局
参議
卿輔
別紙内務省伺日本海内竹嶋外一嶋地籍編纂之件 右ハ元禄五年 朝鮮人入嶋以来 旧政府 該國ト往復之末 遂ニ本邦関係無之相聞候段 申立候上ハ伺之趣御聞置 左之通 御指令相成可然哉 此段相伺候也
御指令按
伺之趣 書面 竹島外一嶋之義 本邦関係無之義ト可相心得事(19)
この文書は明治政府内で稟議に回され、右大臣・岩倉具視、参議・大隈重信、同じく寺島宗則、大木喬任らにより承認、捺印された。これにもとづき、タイトル「三月二十九日 日本海内竹島外一島ヲ版圖外ト定ム」で始まる太政官の指令が内務省に伝達された。さらに内務省から四月九日付けで島根県に伝えられ、現地でもこの問題に決着がつけられた。この結果、当時の日本の最高国家機関たる太政官は内務省が上申したとおり、松島、竹島をセットにする理解にもとづいて、両島を日本領でないと公的に宣言したのであった(20)。
(16)『日本外交文書』第三巻、一三七頁、明治三年四月十五日付
(17)『公文録』内務省之部一、明治十年三月十七日条、国立公文書館所蔵(二A一〇―公二〇三二/マイクロリール二五六、一三五〇コマ〜)
(18)塚本孝「竹島領有権問題の経緯(第二版)」『調査と情報』第二八九号、一九九六年、五頁
(19)『公文録』内務省之部一、明治十年三月二十日条、国立公文書館所蔵(二A一〇―公二〇三二/マイクロリール二五六、一三六四コマ)
(20)堀和生「一九〇五年日本の竹島領土編入」『朝鮮史研究会論文集』第二四号、一九八七年、一〇四頁
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
伺い書を受理した内務省は、島根県からの付属資料に加え、独自に徳川幕府の史料を調査した。その中心は竹島一件に関する日本と朝鮮との交渉記録が主であった。内務省はそれらを十分検討した結果、竹島外一島は本邦に関係ないとの結論をだした。そのうえさらに「版圖之取捨ハ重大之事件」との認識から、七七(明治十)年三月、慎重に太政官へ伺い書「日本海内竹島外一島地籍編纂方伺」を提出した。これは太政官調査局で審査された結果、内務省の結論がそのまま認められ、次の指令案が同局で起草された。
明治十年三月二十日
大臣 本局
参議
卿輔
別紙内務省伺日本海内竹嶋外一嶋地籍編纂之件 右ハ元禄五年 朝鮮人入嶋以来 旧政府 該國ト往復之末 遂ニ本邦関係無之相聞候段 申立候上ハ伺之趣御聞置 左之通 御指令相成可然哉 此段相伺候也
御指令按
伺之趣 書面 竹島外一嶋之義 本邦関係無之義ト可相心得事(19)
この文書は明治政府内で稟議に回され、右大臣・岩倉具視、参議・大隈重信、同じく寺島宗則、大木喬任らにより承認、捺印された。これにもとづき、タイトル「三月二十九日 日本海内竹島外一島ヲ版圖外ト定ム」で始まる太政官の指令が内務省に伝達された。さらに内務省から四月九日付けで島根県に伝えられ、現地でもこの問題に決着がつけられた。この結果、当時の日本の最高国家機関たる太政官は内務省が上申したとおり、松島、竹島をセットにする理解にもとづいて、両島を日本領でないと公的に宣言したのであった(20)。
(16)『日本外交文書』第三巻、一三七頁、明治三年四月十五日付
(17)『公文録』内務省之部一、明治十年三月十七日条、国立公文書館所蔵(二A一〇―公二〇三二/マイクロリール二五六、一三五〇コマ〜)
(18)塚本孝「竹島領有権問題の経緯(第二版)」『調査と情報』第二八九号、一九九六年、五頁
(19)『公文録』内務省之部一、明治十年三月二十日条、国立公文書館所蔵(二A一〇―公二〇三二/マイクロリール二五六、一三六四コマ)
(20)堀和生「一九〇五年日本の竹島領土編入」『朝鮮史研究会論文集』第二四号、一九八七年、一〇四頁
(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 792 (hangetsujoh さん)への返信です.
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