韓国側の資料
投稿者: tinopure 投稿日時: 2003/01/17 12:37 投稿番号: [779 / 18519]
読み返していたら、こんな記述を発見
>最低限確かなこととして、安龍福事件以降「所謂倭の松島は于山島である」と云う領有意識が確立しているとは云えるのだろうと
ここ、間違ってますね。「東国文献備考」の一部「輿地考」の著者「申景濬」が改竄したのを真に受けていらっしゃる。
・・・「輿地考」を遡ってみましょうね。
『輿地志』
著者
柳馨遠
「一説に于山鬱陵本一島」
『疆界考』 著者
申景濬
「輿地志に云う、一説に于山鬱陵本一島」
申景濬は、「而るに諸圖志考ふるに二島なり」の部分を勝手に加筆
鄭東愈が
『晝永編』
で、「独善、傳会の説をなし、往々我より古をなす。これ其短なり」と記すように、申景濬には文献を勝手に書替えて、さもそれが古来の説であるかのように改竄する性癖があった。
「英祖実録」
によると英祖46年(1770年)正月、洪名漢、金應淳等に命じて編纂作業が進められ、問題の「輿地考」は申景濬が担当した。
「東国文献備考」の一部「輿地考」
「輿地志に云う、一説に于山鬱陵本一島。而るに諸圖志考ふるに二島なり」
と、こういう風に途中で意味が変わっているんです。
さて、じゃなんで、こういう改竄を行ったかというと、安福竜が、頗る大きい島、隠岐を見たときに「これが宇山だ。」と、勘違いしたのを
そのまま書いちゃったようですね。
・・・こういうことがあるから、「一次資料」を元に議論しないといけないのです。
http://ww1.enjoy.ne.jp/~koukokutenbo/Two_different_Ullsang_Island_2.htm
これは メッセージ 654 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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