>1869年<朝鮮国交際始末内探書
投稿者: inishieni 投稿日時: 2004/12/08 18:33 投稿番号: [6228 / 18519]
Li ancourt号が独島を発見するのは1849年のことですからLi ancourt
Rocksという言葉も1800年代を全部かばう言葉ではありませんね。
>1800年〜1900年代初頭の当時は、島名の混乱があった時期です。
>ダジュレー島とアルゴノート島、ホウルリロック島が、混在していた時代でもあります。
これはEast sea(当時の朝鮮海;日本名日本海)に関する情報の乏しかった西洋人のことであり、彼らが混乱して使っていたことを一般化しては困ります。
>そして、それぞれ竹島と松島が当てられている地図があります。
これは当時の日本の状況でしょう。当時の日本人は松島・竹島を混同するほど、西洋人の如き、独島に関する正確な知識は持ってなかった或は認識は持ってなかったことを意味するのでは。
>1869年の勝海舟の地図では、竹島、松島、リエンコヲールト・ロックの三島が書かれています。
リエンコヲールト・ロックが現在の竹島(独島)です。
http://search.yahoo.co.jp/bin/query?p=%be%a1%b3%a4%bd%ae%a4%ce%c3%cf%bf%de&fr=top&hc=0&hs=0勝海舟の地図を検索してみますと何故か、以上のような検索結果した出て来ませんね。「勝海舟の地図」って果たして信頼できる資料と見られるのでしょうか。
>ですから、<朝鮮国交際始末内探書>の竹島と松島は、現在の争われている竹島(独島)とは違う島ですね
と言いますと、East Seaに存在しているはずのご指摘の竹島・松島は一体どこの島を表しているのでしょうか?
これは メッセージ 6222 (capricoda さん)への返信です.
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