>日本の乾地
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/06/21 23:57 投稿番号: [5126 / 18519]
それは原資料を通読してみないと何とも言えないのではないでしょうか。私としては『隠州視聴合記』は文字通り隠州を扱ったものでしょうからそれなりに領土意識の反映はあったと見ていいように思われます。幕府の特別許可を得て竹島渡海事業を行った背景もありましょう。
それはともかく、実は個人的には、この部分の「此州」という記述は、隠州を指していると見てもいいのではないかという気もしています。ただし、竹島(鬱稜島)は隠州の付属というか、無人の地としての無主地というか、そういう地でなければなりません。
また、この資料の記述をもって竹島(鬱陵島)を朝鮮領であったとすることはありえないと思いますから、私は必ずしも韓国側の意見と同一にし、それに与するものではありません。
ちょっと分かりにくいかも知れませんが、つまり、竹島(鬱陵島)を隠岐の附属なり無主地なりと考えつつ、日本の地の西北境を竹島(鬱陵島)をも含めた意味での「隠岐」においた可能性があると、私は素人の想像で考えてたりしている次第です。
無人の島を必ずしも積極的に日本の「限」として記述しなかったという話です。まぁ、誰もこういう見方はしていませんし私の思いつきと考えてくださって構いません。
半月城さんに怒られるように、私は断片的にしか把握はできませんが、とにかく、さしあたり、少なくとも竹島(鬱陵島)が日本の側にある島として捉えられていたことは確実であり、そうでなければ、話は整合的につながらないものと思われます。
これは メッセージ 5125 (NEO_SWAT さん)への返信です.
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