三国史記 干山国=鬱陵島のソースNo.1
投稿者: ms_sm2 投稿日時: 2004/04/24 20:43 投稿番号: [4124 / 18519]
www.koreandb.net/Sam/bon/samkuk/04_040_1000359.htm
上のリンク先はハングルです。下記はその翻訳。干山国が鬱陵島である証拠の一つ。
13年(512) 夏 6月に 于山国(于山国)これ 降伏して 毎年 物産を 捧げた. 于山国は 明紬(溟州)義 正東側 海に ある 島で あるいは 鬱陵島(鬱陵島)とも 言う. 地は 四方 100里なのに, 地税が 険しい のを 信じて 降伏するの なかった. イチァン 引っ越し部(異斯夫)街 ハスルラズ(何瑟羅州) 君主が なって 言うのを “于山国 人は 愚かで 荒しくて 力で 服属させることは 難しいが 謀では 服属させる 数 ある.”と, これに 木 獅子を たくさん 作って 伝えるに 分けて 積んで 彼 国 海岸に のぼって 偽りで “君逹が もし 降伏するの なければ これ 荒しい けだものを 解いて 踏んで 殺す.”と 言おう 彼 国 人々が 恐ろしくて すぐ 降伏した.
十三年 夏六月 于山国帰服 歳以土宜為貢 于山国在溟州正東海島 或名鬱陵島 地方一百里 恃不服 伊異斯夫為何瑟羅州軍主 謂 “于山人愚悍 難以威来 可以計服” 乃多造木偶師子 分載戦船 抵6)其国海岸 告曰 “汝若不服 則放此猛獣踏殺之” 国人恐懼 則降
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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