>必然性
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/02/03 13:45 投稿番号: [3549 / 18519]
>そもそも三峯島が鬱陵島であるならば、新たに鬱陵島を捜得する必要はないわけです。
もちろん、そうです。
>成宗7年条の記述を見ても明らかなように、政府は三峯島を鬱陵島とは別の島と考えていました。
もちろん、そうです。
>同条に記された金自周の報告は、まず鬱陵島である可能性を完全に排除して読まねばならんのです。
金自周は金漢京の案内で「三峰島」に出かけたわけですが、この金自周も永興の人でした。鬱陵島の存在は知っていても行ったことはなかったのでしょう。金漢京の言うままに「三峰島」をそのまま「三峰島」と考えただけかと思います。しかし、それは結局、現在でいう鬱陵島にほかならなかったということです。
朝廷が二島と考えたことはそれはそれでいいでしょう。しかし、それは独島をすでに認識していたことを意味することにはなりません。現在の目からするとそれは鬱陵島・独島ではなく、鬱陵島ただ一島を指すに過ぎなかったのです。
これは メッセージ 3546 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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