>>三峰島(金漢京部分)
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/01/31 21:24 投稿番号: [3503 / 18519]
>金自周の三峰島探索には幾度も鬱陵島を訪れている金漢京が同行しています。
金漢京が何を言っていたか言葉を引用して見ましょうか。
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諭永安道観察使鄭蘭宗曰 金漢京言 在慶興 遇清明日 可望見三峯島 自会寧 向東舟行七昼夜而到 向北行四昼夜而還 前年遣人 往尋茂陵島 自蔚珍 向東舟行一昼夜而到 西行三昼夜而還. 其所言地勢 有可疑者 世伝茂陵島之北 有蓼島 無一人往還者 是亦可疑 卿 更訪問沿海古老舟人 詳究以啓 海路険悪 今若遣人尋求 宜募願行者 人言邊民 逃賦 往投 不可置而不問 亦不可以難信之言 渉険冒危 或致傾敗 卿其審情 度勢以啓 (成宗実録:成宗4年)
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金漢京は咸鏡北道から「三峰島」が見えるとしていますが、果たして本当に見えるでしょうか。その程度の認識だったのでしょう。また彼は何度も「独島」へは行っていないでしょう。おそらく一度も。三峰島だと思って行ったのはほかでもなく鬱陵島だったことでしょう。
なお、ここに出ている「前年遣人 往尋茂陵島 自蔚珍 向東舟行一昼夜而到 西行三昼夜而還」は朴宗元の探索のことでしょうか。
これは メッセージ 3470 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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