于山島
投稿者: Gaenara 投稿日時: 2004/01/31 08:35 投稿番号: [3467 / 18519]
「世宗実録地理志(1432、1454)」の「于山武陵二島 在縣正東海中 二島相去不遠 風日清明 則可望見 新羅時稱于
山國 一云鬱陵島 地方百里」から、韓国側は其の「于山」が「独島」だと主張しているのだが、果たしてそうなのか?
注目したいのは、先ず「于山」の名前が「武陵」の前に来ていること。 「八国総図」などの古地図を見ても、于山島の方が朝鮮本土に近く描かれているように、「于山島」が「武陵島」よりも朝鮮本土に近いという認識があったのが分かる。
そもそも、「世宗実録地理志」は当時の朝鮮が実際の当近海の地形を正確に理解していなかった事を証明する物で、「二島相去不遠 風日清明 則可望見」は実際に現地を見ずに伝説に拠って記述したと見るのが妥当。 「二島」とは鬱稜島一島のことで、「相去不遠 風日清明 則可望見」は記述者の風説・想像による創作だ。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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