三峰島
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/01/31 01:38 投稿番号: [3464 / 18519]
三峰島の話についてはすでに議論があったところ(1400後あたり)でとくに付け加えることもないかと思いますが、ちょっと私見を。
>去九月一六日 於鏡城地瓮仇味 發船向島 同日到宿富寧地青巌 一七日 到宿會寧地加麟串 一八日到宿慶源地末應大 二五日 西距島七八里許到泊 望見則 於島北 有三石列立 次小島 次巌石列立 次中島 中島之西又有小島 皆海水通流 亦海島之間 有如人形 別立者三〇…
ヘンチンさんの指摘にもあったように「西距島七八里許到泊」は「島を西に隔てること7・8里ばかり」位の意味でいいのではないですか。まぁ、私も漢文はだめですが。ちなみに以下でも記しますが、船は咸鏡北道、つまり北から南へと下って鬱陵島を右手に望んだようです。
あまり参考にならないかも知れませんが試しに「西距」をググって見るといろいろとあって、現代文ではありますが、馬祖島について「西距福建海岸線16海里」と紹介しているようなものを見ると、どうも上のような訳し方もありかと思った次第です(馬祖島は福建省の東です)。
>命問之自周対曰、於鏡城海浜
乗舟行四昼三夜
見島屹然而有人三十余列立
島口有烟気
其人衣白形貌遠不能詳
然其大?乃朝鮮人也
惧見執不能進也
賜襦衣二領
これについて鬱陵島まで「四昼三夜」もかかるわけがないとどなたかが書いていましたが、私はかかると思いますよ。咸鏡北道から行ったのですから。鏡城は北朝鮮のロシア国境近くであり上に記された「會寧・慶源」も咸鏡北道です。
なんでわざわざそんなところから乗ったかは知りませんが。蓼島探索とも関係があるのでしょうか。
とにかく、どう見ても、鬱陵島ですね。この資料は。もちろん、鬱陵島は三峰島という名でしばしば出て来ます。ラボーテの『皇城新聞』記事にもありましたね。
これは メッセージ 1397 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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