どちらに対しても同じなのです。
投稿者: mattouya 投稿日時: 2003/07/31 08:57 投稿番号: [2421 / 18519]
論争中のことより、この場での客観的論点を例にだすほうが分かりやすいかと思って「邪馬台国論争」を例にだしました。
私は、今までに書かれた(その中で私が読んだ)さまざまな文献から、自分なりに九州説の方が違和感なく受け入れられています。
しかし、どちらの意見の人にも反論をしたことはありません。それより、高知説等の異端説も面白く読んでいます。
墓誌や金印などの決定打が出ない限り、この態度を貫きます。
竹島の帰属に対しても同様です。
現在の私は、どちらにも決定打はないと思っています。
過去の文献にどちらが先に書かれていたとしても「どちらが先に唾をつけたか」程度でしかないと思っています。
(そういう意味で、半月城さんの提出してくださる文献は、そうなのかと勉強になりますが、それ以上ではありません)
両国が、誰が見ても公平な立場で納得して条約を結んだと言うようなことでもない限り、決定打とは思っていません。
(1905年は明らかに力の差がありました)
そういう意味で、竹島論争はここでは両者の意見を拝聴するだけです、どちらにも反論はしません。
(邪馬台国九州説の方が違和感がないと言うような意味では、竹島韓国説のほうが違和感がありません)
自分としてはあくまで「領土の線引きは、その時の力関係で恣意的になされたものであって、暫定的なものでしかない」としか主張しません。
これは メッセージ 2420 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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