「于山島=竹島」を否定する根拠
投稿者: haru2101n 投稿日時: 2010/03/29 11:14 投稿番号: [18111 / 18519]
韓国側及びh369jpくんが主張する「于山島=竹島」を否定する根拠
●日省録(朝鮮王朝1760〜1910国政全般の記録書)の記述
「北有于山島周回為二三里許」⇒和訳:「北に于山島があって周囲は二三里(約800〜1200m)をなしている」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%B3%B6%E5%A4%96%E4%B8%80%E5%B3%B6
鬱陵島近くの小島である竹嶼(ちくしょ)の大きさは南北の長さが約700m、それに対し竹島(独島)は下の地図で示すとおり、2島の内、大きい方の西島で500m以内の大きさしかない。よって、記述に近いのは「竹嶼」であり竹島ではない!よって、「于山島=竹嶼」とする解釈が妥当。
1、于山島(うざんとう)の形を古地図で検証
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/5.html
※竹嶼(ちくしょ)=鬱陵島の東約2.2kmに位置し、南北に約700mの細長い島
※国土地理院による実際の竹島
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=371430&l=131520
于山島の形は現在の竹嶼に近い。それに比べ竹島は2島なので、描かれた于山島と明確に違う。
2、「欝陵島図形」の記述で検証(中央部、海長竹田の文字)
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/img1.gif
1711年製作の「鬱陵島圖形」にも、竹嶼に比定される海長竹田と記された于山島が描かれている。海長竹は女竹(笹)のことで、この島には実際多くの竹が自生している。これらの鬱陵島掃討官が製作した鬱陵島調査地図は4枚確認されており、また捜討官の地図を基に書かれた鬱陵島の詳細図も二十数枚確認されている。いずれも南北に長細い形状をしており竹嶼に比定できる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%B6%BC
現在も竹嶼には竹が自生している。(鬱陵島の観光案内で確認できる)それに対し竹島(独島)には竹は自生していない。
http://www.ulleung.go.kr/Japanese/tour/tour_sub03.htm
3、ユーチュブにある于山島(竹嶼)の映像
映像を良く観ると、竹が自生しているのが良く分かる。
http://www.youtube.com/watch?v=g_RnlPmTnCc
●世宗実録地理誌の記述を検証
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8E%E5%B1%B1%E5%B3%B6#.E3.80.8E.E4.B8.96.E5.AE.97.E5.AE.9F. E9.8C.B2.E3.80.8F.E3.81.AE.E4.BA.8E.E5.B 1.B1.E5.B3.B6
和訳:「于山・武陵の二島は県の正に東の海の中に在る。二島はお互いにそれほど遠くなく、天候が清明であれば望み見ることができる。」
1、于山は、色々な古地図では武陵(鬱陵島)の属島として描かれている。よって、「于山・武陵の二島は・・・」〜の解釈は、于山島(竹嶼)と鬱陵島の二島と見る方が妥当。
2、その後の「天候が清明であれば望み見ることができる。」〜は、内陸部から鬱陵島を見た記述と解釈するのが妥当。なぜなら于山と武陵の二島は互いに遠くないからだ。
※結論〜これらの資料から韓国側が主張する「于山島=竹島」の根拠がない事が明白!逆に于山島は鬱陵島近くの小島である竹嶼とする方が妥当で「于山島=竹嶼」と解釈するべきである。よって、韓国側が歴史的に竹島が韓国領とする一つの説「于山島=竹島」は否定される。
●日省録(朝鮮王朝1760〜1910国政全般の記録書)の記述
「北有于山島周回為二三里許」⇒和訳:「北に于山島があって周囲は二三里(約800〜1200m)をなしている」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%B3%B6%E5%A4%96%E4%B8%80%E5%B3%B6
鬱陵島近くの小島である竹嶼(ちくしょ)の大きさは南北の長さが約700m、それに対し竹島(独島)は下の地図で示すとおり、2島の内、大きい方の西島で500m以内の大きさしかない。よって、記述に近いのは「竹嶼」であり竹島ではない!よって、「于山島=竹嶼」とする解釈が妥当。
1、于山島(うざんとう)の形を古地図で検証
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/5.html
※竹嶼(ちくしょ)=鬱陵島の東約2.2kmに位置し、南北に約700mの細長い島
※国土地理院による実際の竹島
http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?b=371430&l=131520
于山島の形は現在の竹嶼に近い。それに比べ竹島は2島なので、描かれた于山島と明確に違う。
2、「欝陵島図形」の記述で検証(中央部、海長竹田の文字)
http://outdoor.geocities.jp/yabutarou01/img1.gif
1711年製作の「鬱陵島圖形」にも、竹嶼に比定される海長竹田と記された于山島が描かれている。海長竹は女竹(笹)のことで、この島には実際多くの竹が自生している。これらの鬱陵島掃討官が製作した鬱陵島調査地図は4枚確認されており、また捜討官の地図を基に書かれた鬱陵島の詳細図も二十数枚確認されている。いずれも南北に長細い形状をしており竹嶼に比定できる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%B6%BC
現在も竹嶼には竹が自生している。(鬱陵島の観光案内で確認できる)それに対し竹島(独島)には竹は自生していない。
http://www.ulleung.go.kr/Japanese/tour/tour_sub03.htm
3、ユーチュブにある于山島(竹嶼)の映像
映像を良く観ると、竹が自生しているのが良く分かる。
http://www.youtube.com/watch?v=g_RnlPmTnCc
●世宗実録地理誌の記述を検証
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8E%E5%B1%B1%E5%B3%B6#.E3.80.8E.E4.B8.96.E5.AE.97.E5.AE.9F. E9.8C.B2.E3.80.8F.E3.81.AE.E4.BA.8E.E5.B 1.B1.E5.B3.B6
和訳:「于山・武陵の二島は県の正に東の海の中に在る。二島はお互いにそれほど遠くなく、天候が清明であれば望み見ることができる。」
1、于山は、色々な古地図では武陵(鬱陵島)の属島として描かれている。よって、「于山・武陵の二島は・・・」〜の解釈は、于山島(竹嶼)と鬱陵島の二島と見る方が妥当。
2、その後の「天候が清明であれば望み見ることができる。」〜は、内陸部から鬱陵島を見た記述と解釈するのが妥当。なぜなら于山と武陵の二島は互いに遠くないからだ。
※結論〜これらの資料から韓国側が主張する「于山島=竹島」の根拠がない事が明白!逆に于山島は鬱陵島近くの小島である竹嶼とする方が妥当で「于山島=竹嶼」と解釈するべきである。よって、韓国側が歴史的に竹島が韓国領とする一つの説「于山島=竹島」は否定される。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/18111.html