沈興沢独島形便報告書
投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/06/07 20:47 投稿番号: [16740 / 18519]
1906年(明治39年)3月、島根県職員一行が領土編入後の竹島を視察した後に鬱陵島へ渡り、郡守・沈興沢を訪問し、竹島が日本領となったことを告げた。
郡主沈興沢は上司である江原道観察使に、「本郡所属の独島は外洋100余里に在るが、日本人が来て、その独島が日本領になったと言っている」という趣旨の報告を送り、その報告は、さらに中央政府に送付された。
その報告に接した議政府参政大臣は、同年5月20日付け指令第3号で江原道観察使に指示を出したが、それは「報告を見たが獨島領地の件は事実無根のことだが、該島の形便と日本人の行動を更に調べて報告せよ」というような内容だった。
(形便:成り行き、ことの次第、都合、具合、仕儀、形勢、事情、情勢)
ところで、この指令第3号に対応して作成された報告書は見かけないですね。無いんでしょうか。もともと作成されなかったのか、作成されたけれども現存していないのか、それとも、あるけれども何か事情があって隠蔽されているのか。「該島の形便」についてはどういう報告が書かれたんでしょうかね。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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