Re: 『地理志』二島を本土から見ていない
投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2008/01/24 23:33 投稿番号: [16162 / 18519]
husenoyajiさん
早速のコメントを有難うございます。
>相は、お互いにだけど、本土からの距離をしめすときに使ってます。二島の間だだとすると、本土からの距離をしめしていないのが不自然です。したがって二島の間だとする根拠はなにもないです。
下條正男氏は次のように書いておられます(『竹島は日韓どちらのものか』文春新書,2004)。「『慶尚道地理志』では、興善島は「陸地相去ること、水路十里。人民来住して耕作す」と記された。それが『新撰八道地理志』を経て、地誌の最終段階である『世宗実録地理志』では「水路十里。[分註] 人民来住して農作す」に落ち着いた。『世宗実録地理志』では「規式」である「陸地相去ること」の一節が削られたのである。」
『世宗実録地理志』では、「相」を本土からの距離をしめすときに使う必要はないようです。それにもかかわらず、「二島相去不遠風日芿明則可望見」とわざわざ「相」を入れたのは、「二島(于山と武陵)はお互いに相去ること遠くなく、風日清明ならば望み見ることができる」と、二島の間だということを明確に示すため、「相」を使ったと思います。
>東國輿地勝覧ですが、梢や渚が見えるというのを海上から見た話しだとすると、そんなの当たり前ですから、書く価値がないです。
『新筯東國輿地勝覧』の「峯頭樹木及山根沙渚歴歴可見」は、その後の「欝陵島地誌」である、『陟州誌』に「山木森然可望山下皆白沙」や、『西溪雑録』に「沙汀樹木歴々可指」など、同様な表現を生みました。
『臥遊録』「欝陵島地誌」にあるように、欝陵島の海岸の大部分は「皆壁立萬仞」の海蝕崖に囲まれ、植生に乏しいですが、一部に「衆峰青く群がり」即ち鬱蒼とした森林に覆われた峰々や、「山下皆白沙」の海岸の見える所があります。これらの場所は、欝陵島に近づいて海上から見たとき、強く印象に残ったので、記されたものと思います。当たり前で「書く価値がない」ことは書かなかったでしょう。
これは メッセージ 16157 (husenoyaji さん)への返信です.
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